「嘘つきはどろぼうの始まり」と言いますが、片方では「嘘も方便」という言葉もあります。
「真実」はひとつしかありませんが、「嘘」にはいろんな種類があります。嘘をつくのは良くないと教えられますが、嘘をついたことがない人はほとんどいないはずです。「嘘」はなんだかとても人間臭い感じがするのです。そして、うちの嫁さんの場合は「ここぞというところで嘘をつけない」というジレンマを抱えているようです。

               犬嫁日記#47:『憧れの嘘つき』の巻

その日、遅く帰ってきた嫁さんが開口一番こんなことを言いました。

嫁:「ねえ、他人に嘘ついたことある?」
僕:「いきなりなんだよ。そりゃあるけど…」
嫁:「そっかー。いいなあ…」

そう言いつつ、嫁さんはなんだか遠い目をしています。めんどくさいことになりそうなので理由は聞かないことにしました。

僕:「……」
嫁:「……」
僕:「……」
嫁:「……」
僕:「……」
嫁:「なんで理由を聞かないの?」

やっぱり聞かないとダメなようです。

僕:「なんでそんなことを聞くわけ?」
嫁:「私はね、今までこれといった嘘をついたことがないわけ。そりゃ小さい嘘はあるよ。だけど、自分の主義主張に関してはいっさいブレたことはないと思う。そうだよね?」
僕:「まあ、知ってる限りではそうかな、うん」
嫁:「私は自分を偽って生きるのは嫌だし、そうすることが正しいってずっと思ってきたわけよ。だけど…だけどほかの人はどうやらそうじゃないらしいということが分かったの」

嫁さんはなにか大発見をしたようです。その証拠に顔に大発見という文字が浮かび上がっています。

僕:「というと?」
嫁:「みんな本音とたてまえを使い分けてるらしいってことが分かったの
僕:「……」
嫁:「……」
僕:「今ごろ?」
嫁:「え?」
僕:「今ごろ分かったの?」
嫁:「え?分かってたの?」

嫁さんは本日二度目の衝撃を受けたようです。

嫁:「いつから分かってたの?」
僕:「いつからって…10代にはもう…気づいてなかったの?」
嫁:「私は今日気づいた…」
僕:「…あ、そうですか」
嫁:「うん」
僕:「……」
嫁:「眠くなってきた」
僕:「なんでだよ!」

嫁さんは二度の衝撃を受けて思考停止になりかかっているようです。

嫁:「まあとにかくそういうわけで…」
僕:「どういうわけだよ」
嫁:「今日からは私も本音とたてまえを使い分けて生きようと思っています」
僕:「いまさらムリだろ!」
嫁:「だって、私だけほんとのこと言っても仕方ないし…打ちのめされるし」

本音を言えば、摩擦がおきたり他人を傷つけてしまうこともあるでしょう。しかし、はっきり言わなければいけないことだってあるはずです。

僕:「そういうキャラで今まで来たんだから、それを貫くしかないよ」
嫁:「だけどこれ以上自分が擦り減るのは嫌だし、他人に不快な思いをさせるのもイヤなんよ!」
僕:「じゃあ器用に立ちまわれるっていうのかよ?」
嫁:「それはムリ」
僕:「だったら正直に生きるしかないでしょうが」

嫁さんは黙って考えています。僕はちょっと気の毒になってこう言いました。

僕:「本音で生きてる人は基本的に嫌われないから大丈夫だよ」

それを聞いた嫁さんは、なにかを決心したような顔つきで僕に言いました。

嫁:「明日は燃えないゴミの日だから朝忘れずに出してね、なぜなら外は寒いから。そして猫にごはんをあげるのを忘れないで、なぜなら私は眠いから」
僕:「そこは正直にならなくていい!」

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