フライヤーというのは、

もはやどの程度の集客力を持っているのか

はなはだ疑問ではありますが、

出来上がったものを手にとって見ると

なにかこみ上げてくるものがあります。

その昔、学生劇団をやっていたころなどは

公演があるたびに、そこらじゅうに貼りまくって

『お客さんよ来い!』と念じたものです。

そのころはフライヤーなんて呼び方はしていなくて

単純に“チラシ”と言っていました。


今はインターネットが発達していますから

情報は一瞬で世界中に飛んで行きます。

しかし、手にとって眺め、忘れたころにカバンから出てきたりして

思い出すこのチラシの力、なんともいいようのない味わいを

合理的でないという理由で切り捨てることができないのは

なぜなんでしょう?


演劇やコントが生ものであることとやはり

関係があるのかもしれません。