京大の入試で、質問サイトが使われた件、


戌渡は、こういう行為が正しいとは思わない。

また、それを擁護するつもりもない。


が。。。。



このような不正を、大々的に報じて。。

こんな悪いことをした犯罪だ!と

メディアがこぞって、報道することには

違和感を感じるのです。


このような可能性は、

今の情報技術を考えれば

十分可能であったこと。


試験を行う側にも

油断と言うか、抜かりがあったことは確か。


ある程度の不正が、起こることを前提に、

適切な防止策を考えておくことが

なぜできなかったのか?なぜやらなかったのか?

韓国で起きたことをいまさらメディアが取り上げるが、

あの不正ですらもう5年以上の話。



さらに言えば、日本の大学は

入るときは難しく、出るのは楽 と以前から言われているが。


仮に、不正で大学に入っても、

真の学力が追いつかなければ

勉強についてゆけない、

卒業できない形であれば

入試の不正なぞよりも、入ってからの勉強に力が入ったはず。


その根本が変わらなければ、不正をしてでも入ったら、

あとは授業に出なくても 「XX大学卒」 のりっぱな箔がつく。

そっちの方を、本当は考えるべきではないのだろうか?



今回のことで、


彼・彼らは、大学入試だけでなく、

(特に私立ならば)高校卒業に関しても

何らかの制裁を受けることになるのか。


まだ若い、このような「発想力」を持つ学生が

今回は「不適切な形」で 情報技術を使ったのだが、

まだまだ長い残りの人生で、

そのような企画力・実行力を 「社会に有効な形」 で使う

機会を与えてあげられたら、と思うのです。


失敗・過ちは 誰にもあるもの。

リカバリーの機会が、もっとあっても良いはず。

減点主義はよくないと誰もが言いながら、

良いところを伸ばせないのは、

上に立つもの、教師・教育・しつけの指導力の問題のはず。




そして、メディアが 騒ぎ過ぎる ことで、

「やはり、長いものに巻かれろ」

それでなくても、冒険を避ける現在の若者の風潮で

既存の策組みの中でおとなしく生きることを

あたり前と考える若者が増えることを危惧します。


人と違うことをやってみる、考える若者が

間違った方に行き過ぎたら、修正するのは当然ですが、

許容する、その発想力を生かす

そのような余裕を持つ社会であって欲しいと思います。



それが、均一思考の弊害から。。。

「日本ガラパゴス列島」を 


可能性と進化を生み出す 多様化を許容する社会へと 


解き放つ


一つの方向性ではないかと 思うのです。