ここまで見て来た地球規模の経済環境変化=「40億人の先進国化」に対して、今回はいよいよ日本の最大の問題、デフレによるガラパゴス思考に焦点を当てます。
この原稿を書いている9月初めの段階(2008年9月)では、自民党総裁選挙の争点は経済政策に絞られているように思えます。この文章が皆さんの目に触れるころには、衆議院選での各党の経済政策が熱を帯びているのではないでしょうか。現段階の政治家たちの主張は、残念ながら観念的な「減税VS増税」と「歳出削減VSバラマキ」。そして少子高齢社会の小手先対策と、省エネの枠を出ない温暖化対策に終始して、日本社会の中長期展望や、大きな変化を遂げつつある世界と今後数十年にわたりどう対峙してゆくかの視点が希薄です。
選挙戦を通じて、日本経済をどの程度すばやく成長軌道に戻すか、そして成長軌道をずっと未来まで伸ばすか、しっかりした政策を打ち立てる第一歩にして欲しいと思います。
インフレは天使か悪魔か?
一時よりは若干下げたとはいえ、世界的にエネルギー価格が大幅に上昇し、輸入する資源・原材料価格や食料・穀物価格も数年前に比べると何倍という水準です。そして日本のインフレ率も前年比で2%を超えてきました。テレビのニュースショーでは「インフレが市民生活に襲いかかっています!」とプロレス中継のように絶叫するキャスターもいます。
コンビニやスーパーに買い物に行くと以前よりも値段が上がっていて、なんとなく「損した気持ち」になります。私自身の中のデフレに慣れたガラパゴス意識です。
頭では、年率2%のインフレが先進国でも、世界全体で見ても最低水準であることを分かっています。燃料や原材料価格が高騰しているのに、販売価格が上げられなくて困っている生産者や漁業従事者、製造業の従業員のことは、他人事ではありません。
このインフレに対して、日本経済の処方箋としてはどのように考えればよいのでしょうか。
デフレは天使のフリをしてやってきた
慣れてしまうと、「住めば都」なのかそれとも「あばたもえくぼ」なのか、いやなデフレさえよいところが見えてきます。物の値段が上がらないメリットです。そしてインフレと聞くと、その唯一の値段が上がらないというメリットが「なくなってしまう」「困った」と、庶民感覚では困惑してしまいます。
改めて考えて見ましょう。デフレ時代は本当に良かったのでしょうか?
答えは明らかです。デフレはひどかったです。デフレと不況によって中高年リストラの嵐が吹き、正社員から契約社員にされて賃金カットが起き、新卒者も就職氷河期に苦しみました。社会不安という副作用がいまだに残っています。若者の非婚化、少子化の悪化原因だと指摘する専門家もいます。
しかも、デフレはまるで悪魔のようです。一部の物価が下がり始めた95年ごろの記憶を呼び起こしてみると、最初は「庶民の味方」「天使」のフリをしていたのです。
バブルがはじけた95年ごろ大幅な円高がありました。その円高のおかげで安くなった輸入消費財をバーゲンの目玉として売る商売があたりました。円高による「価格破壊」です。
これが消費喚起のカンフル剤として、価格破壊=価格引下げが広がり始めました。これがデフレの始まりでした。
庶民にとっては「心強い味方」。メディアも街の声を取り上げてもろ手を上げて歓迎していました。評論家なども評価する声ばかりだったと思います。当初は企業も「企業努力で価格を下げました」「雇用は守ります」と余裕がありました。
当初は価格が下がると、安さで人気が高まり急に売れ行きが伸びます。しかし価格による競争は、他社も価格を下げたら元の木阿弥です。消費者の支持を取り付けるにはさらに価格を下げなくてはいけません。麻薬のような値下げ競争が続きます。こうしてデフレは、庶民の味方か天使のようにやってきて、次第に「悪魔の本性」を現します。
企業は競合他社に対抗して値下げするために、利益を削り、徐々に苦しい状況になりました。当時の経済・金融のさまざまな要因(バブル期の後遺症=3つの余剰=企業借入の余剰、設備投資の余剰、雇用の余剰)などもあり、コストカット・リストラが始まり、雇用が減り、賃金が減りました。雇用と賃金が不安定になれば消費を切り詰めます。そうして売り上げが減る。売るためにさらに値下げ・・・。デフレスパイラルです。その結果庶民生活は大打撃どころではありません。デフレの悪魔の餌食にされたようなものです。
リストラの嵐に大黒柱が翻弄され、就職戦線は大氷河期になり、家計は火ダルマ。あまりに強烈な状況が長く続いたため、デフレが解消したはずの今でも、暴風雨になぎ倒された後のように、政治、企業経営、庶民の心理にもたくさんの傷跡を残しています。
デフレが最初は天使のフリをして徐々に忍び寄り、悪魔に変身したことを思い出していただけたでしょうか?
それではインフレは天使なのか?
もし我々の給料が80年代のように毎年4-6%上昇するとしたら、年間2%のインフレはどのくらい大変でしょうか?
「全然、大変じゃない」ですよね?
賃金の上昇で稼ぐお金が増えれば、インフレで支払うお金が増えても、余裕があるし、安心して生活できます。日本の経済が回復しなくてはいけないのはそういう状況です。
そしてそれは夢でもなんでもない、十分に可能な経済です。
グラフ 消費者物価と賃金の推移 (年率変化%)
(すいません。グラフが載せられない。。Webにアップしたらお知らせします。)
出所 総務省統計局、内閣府SNAデータから加工
1995年から2005年までの価格破壊とデフレは企業にとって苦しい時期でした。このため企業は生き残りのために、仕方なくコストや賃金を減らして、なんとか利益を捻出せざるを得なかったのです。デフレ時期はそういう時期だったのです。
そして、もう一度グラフをよく見てください。紫のインフレ率と青い賃金の棒グラフは大体同じ方向で、賃金のほうが長いという傾向が読み取れます。つまり健全なインフレで製品の価格を引き上げることができれば、インフレ以上に賃金を引き上げる、つまりベースアップが可能になるのです。
「しかし、賃金を上げたらインフレがどんどん上昇してしまう。」そういう心配をする人もいるかもしれません。でも、それは取り越し苦労でしょう。
デフレから抜け出したばかりの日本経済の現状でそのような心配は、最低5年間は不要です。しかも第2回で見てきたように40億人の新興国が、日本をモデルに低賃金で高品質の製品を生産して追いかけて来ています。新興国間でも競争が起きています。便乗値上げしようとしても、すぐに国内・国外の競争相手が付加価値や価格で競争を挑んできます。資源獲得競争によるエネルギー・原材料の価格上昇は全ての国にとって共通のインフレ要素です。しかし、それを超える値上げはなかなか難しい地球規模の大競争時代なのです。
インフレは「天使」とは呼べないかもしれません。時としてコントロールできなくなることもあります。しかし、財政・金融を管理して一定の範囲内で落ち着いていれば、年取った両親か、親戚のおばさんのように、けして悪いものではありません。悪魔のデフレよりははるかに付き合いやすい相手でしょう。
年率数%のインフレは、デフレから脱出したばかりの今はとっつきが悪いかもしれません。しかし、日本経済がガラパゴス状態から脱して自信を取り戻したときには、安心して付き合える存在ではないでしょうか。
だからケインズ財政支出の出番です
「給料が増えていないのに、インフレも値上げも絶対に困る!」それが庶民の本音ですよね。だからこそ、適切な財政政策が必要です。
そうでないと・・・給料が増えないで生活費が上がれば支出を抑えるしかありません。支出が減ると企業の売上げと利益が減って賃金・雇用に悪影響が出ます。すると、景気の悪化で税収が減り、財政収支はさらに悪化します。これはインフレと景気後退が同時に起こる経済の悪病スタグフレーションです。
急いで適切な手を打たないと、せっかくデフレから抜けだしたのに、今度は負けずにひどいスタグフレーションに突入してしまいます。
だからこそ自民総裁選・衆議院選で正しい経済論争を戦わせて欲しいのです。対策は大きく分けると2つ。財政による景気の刺激と、個人所得の向上による内需拡大。景気対策の王道「ケインズ政策」です。これをもう少し詳しく説明すると、
1. 財政支出の拡大 火が消えかけた日本の景気を何とかするには、燃料を与えるしかありません。企業の仕事を増やして、経済を活性化するのです。バラマキや無駄な支出を削減するのは当然ですが、総額では十分にプラスの将来を見据えた財政支出を実施する必要があります。
2. 賃金ベースアップの復活 インフレを上回る収入増があれば庶民は安心して生活できます。インフレを恐れる必要もありません。賃金上昇を浸透させましょう。ここまでに史上最高益を稼いできた日本企業です。賃金を支払う余力は十分にあります。庶民にお金が回り、安心が広がると、食品も衣料も工業製品も買うゆとりが増えます。環境が厳しい中小企業にもお金が回り始めます。
3. 恒久減税 減税も庶民の懐を暖めます。庶民が安心して支出を増やすには一過性ではなく恒久減税にすべきです。少なくとも数年間続ける必要があります。
4. パート・契約雇用の正社員化の推進 若年層のパートや契約雇用などの非正規雇用の身分の不安定さは、将来の生活設計を難しくし、結婚や出産、子育てをあきらめることにもつながり、社会の不安を増加させます。勤労意欲や、技術・能力獲得意欲にもプラスに働きません。高齢化で今後不足する貴重な労働力が無駄に失われています。正規雇用を求める20代30代への就労支援、再就職教育支援をさらに強化すべきです。
5. 適正値上げの浸透 一番立場の弱い中小企業や個人事業主は、燃料・原材料価格の高騰を製品・サービス価格に転嫁できずに赤字倒産が増えています。優位な立場を利用した適正値上げを拒む行為を監視・取り締まる制度を作る必要があります。
20世紀初めにケインズ政策の有効性を先進国は学びました。景気の減速時の歳出削減と増税は、江戸幕府が繰り返した経済政策の失敗を現在に蘇らせるものです。みんなで我慢する倹約は小さな藩の政策としては正しくても、国家の経済政策としては最悪の選択肢です。
成長軌道にもどる日本の未来像を描くための大胆な戦略が求められています。
それだけでガラパゴス経済から脱出できるの?
長く続いたデフレ状況の中での内向き・後ろ向きのガラパゴス思考・ガラパゴス経済から脱出する方法を、デフレとインフレをテーマに検討してきました。
地球規模の環境変化を考えると、単に普通の経済に戻すだけでなく、進行中の環境変化を逆手にとって、新たな競争力を獲得する方法があるはずです。景気回復のためのケインズ政策=財政支出をそのような分野に活用できるはずです。
1. エネルギーを作り出す
2. 食料を作り出す
3. 機能的・効率的な国土活用
4. 高度防災生活基盤の実現
5. 高齢者が活動的に暮らせる生活基盤・都市環境
6. 成長を続ける新興国経済のニーズ
先進国10億人経済に40億人の新興国が追いついて先進国化する大きな流れのなかで、現在の日本が抱える諸問題は、遅かれ早かれ追いついてきた国々が将来共通に抱える問題になります。日本の国と企業が問題解決のために積極的に投資して技術とノウハウを導き出せば、日本企業が世界に売り出す新たなビジネスチャンスが生まれます。
「脱ガラパゴス経済」 いよいよ最終回では世界経済の大きな潮流変化の中での、日本企業と日本経済の成長戦略を考えてゆきましょう。
記 2008年9月13日