*** 脱ガラパゴス経済 日本の選択肢 (環境は変わった) ***
恐竜を例に挙げるまでもなく、
地球環境が大変動を起こしたときに、生存戦略を変えることが
できなかった生き物は滅び、順応できた種だけが残った。
そして、新しい環境にマッチした姿に転換した種は、
それまでとは全く変わった新しい環境で繁栄し勢力を広げ、
たくさんの子孫を残してきました。
各種の報道などで取り上げられているように、世界の経済環境も、
日本がデフレ・失われた時代と停滞している間に、
大変動の時代に突入しました。
日本だけが国内要因ばかりに捉われて、ガラパゴス諸島の
ゾウガメたちのように国内の環境に合わせた経済行動ばかり
していると、世界の大変動に取り残され、保護のみを頼りに生きる
世界遺産になってしまうかもしれません。
今回のシリーズでは、世界の環境変化のいろいろな側面に焦点を
当てて、国が、企業が、個人が、そして投資家がどのような
生き残り戦略を描けるか、そしてこの変化をバネに
成長・飛躍戦略にシフトできるかを考えたいと思います。
環境変化
世界と日本の経済がどのような変化をたどってきたかを簡単に
振り返ってみましょう。
- 日本がバブルのピークを迎えた1989年にベルリンの壁が崩壊し、世界中の国が資本主義のワールドカップで戦う時代に突入した。(冷戦=イデオロギーの戦いの時代 → 経済の戦いの時代へ)
- その結果、旧共産/社会主義各国はまずは安い労働力を生かして安価な工業製品の輸出で外貨を稼ぐ戦略をとった。これは日本が戦後繁栄した高度成長期の戦略と同じである。それが非常に多くの国と地域で行われたために、世界的に工業製品の大増産とディスインフレと言われる工業製品の大競争時代が訪れた。(90年代 旧東欧諸国と発展途上国による低賃金・低価格輸出の時代 = ディスインフレの時代)
- これらの国々では新しい産業が外貨を稼ぎ、GDPが成長し、金持ち層が誕生し、庶民も生活水準が向上した。(90年代後半から2000年代 新興国経済の興隆)
- 大競争の結果あふれかえる工業製品は、先進国だけで無く新たに購買力を獲得した上記の新興国でも大量に消費されるようになり、サービスや食料も大量かつ高度な消費が始まった。(2005年ごろから 新興国経済の成熟化)
- 結果的に、資本主義の工業製品ワールドカップに続いて、資源・エネルギー・食料の争奪戦も本格化した。(2005年ごろから 新興国による資源の需要急拡大)
ガラパゴス化しているとも言われる日本の経済だが、
企業、政治家、役人、消費者の全てが、デフレ時代の記憶が
強烈だったため、世界経済の環境変化を頭では理解しながら、
行動の変化が伴っていません。
デフレ恐怖症=企業防衛・批判回避・保身・生活防衛に意識が
向いているため、長期の戦略的な対応は遅々として
進まない状態がだらだらと続いています。
もし、日本経済が外からの敵の侵入を心配する必要のない
ガラパゴスの島のように世界経済から切り離された存在であれば、
それでも生き残ることができるかもしれません。
実際には絶海の孤島どころか、エネルギーの96%、食料の60%を
輸入に頼っており、代表的な日本企業は輸出で稼いでいるのですから、
世界的な資源をめぐる争奪戦や、世界経済の潮流の影響に、
もっともさらされている国であると言って過言でありません。
しかし、ここでお話ししたいのは、厳しい話ばかりではありません。
変化する環境は縮こまって動こうとしない動物・植物にとっては
マイナスかもしれません。しかし、トンネルの先には輝く
日本経済の出口の光が小さく見えてきています。
日本経済にとって一見厳しく見える環境変化は、世界の全ての国に
とっての環境変化です。変化の一歩先を読んで行動する。
それが日本経済ナンバーワンの復活の鍵です。
記 2008年7月31日