沖縄旅行から帰ってきてすぐ、
夫と話していて、「あ」と思ったことがあった
何についてだったか忘れてしまったけれど
(とても細かいことだったと思う)
「だいじょうぶだよ」と言うわたしに対して
「大丈夫って それおかしいでしょ。大丈夫じゃないよ」
というやりとり。
その何気ないやりとりに
「ん”ん”
」と思ったのです。
違和感、というのかな。
「あ、ちがう。そうだ、これだ」と。
*********************************
沖縄旅行のあいだ、
ホスト役をしてくれた友達が
「お天気が悪そうだけど、、、」とか
「あそこに行くのには遠くて移動時間が長くなってしまうから、、、」とか
色々心配してあれこれ気を回してくれたのだけど
そのほとんどどれも、私にはそんなに心配するようなことではなくて
「だいじょうぶだいじょうぶ〜
」
と言っていました
そしてそれはやはりどれも『大丈夫』で
実際心配するほどの天気にならずに終わることもあったし
そうなったらなったで、その時また「どうすっぺか♪」と考えながら楽しむと
その後思っても見なかったような展開があったりして
結果、ものすごく楽しかった![]()
「soraさんの言う通りになりましたね〜」
「いや〜これはこれで思い出になりますね〜」
と、結果みんな笑顔で楽しく過ごすことができたし
なにより
わたしの心が喜んでいるのがわかった![]()
それは
自由で
楽しくて
充実感があって
満足感があって
そして
私がわたしの真ん中とつながってる
ブレがない
そんな感じがした。
だからわたしは
あの沖縄の旅がものすごく楽しかったんだ
帰ってきてからの夫との会話で
「あ」
と思ったのは
その、わたしのなかにある
「だいじょうぶ〜」
という感覚が
こういった会話で
「大丈夫じゃない」「おかしい」
に置き換えられてしまうこと
大丈夫、だけじゃなくて
いろんな感覚を
いつの間にか自分のなかに 抑え込んで
出さないようになってしまったのかも。
大きなことだと表面化して
もめごとになったりするからわかるけれど
本当に小さな、細かいこと、たわいもないことだと
意識しないままに積み重なっていくことで
自分の感覚と違うものにすりかわっていくというか
あるいは自分の感覚を鈍化させて
感じないようになっていくというか
(面倒くさい言い合いを避ける為に)
それを20年弱やりつづけて
なるほどこうなったか、と。
わたしは嘘をつき続けてきたのかもしれない
誰に?
ーーー自分に、、、![]()
この、日々の小さな、細かい瞬間瞬間のことから
わたしは私の中のほんとうの私の気持ちや感覚と
ちゃんとつながっていく練習を
していこうと思います。
それはきっと 自分を知る ことでもある
嘘をついてたり
隠していたり
見たくないような いやらしい自分の本当の気持ちも
見えてくるんだろう
でもそれでも
そのほんとうの自分の心
心の声や感覚
それとつながれるようになれば
どんなことがあっても(それがたとえ辛いことであっても)
沖縄旅のときのような
自由や
楽しさや
充実感や
満足感を
人生に感じられる自分でいられるようになるんじゃないかな。
いまはまだ、自分のほんとうの気持ち、感覚とつながるのに
時間がかかって タイムラグが生じてしまうのだけど
練習していくことで
その時間がどんどん短くなれば
どんなときも
咄嗟のときでも
自分のほんとうの気持ちや感覚を 感じられて
伝えられて
行動できるようになるんじゃないかな
いつでも
どんなときでも
自分。
そのまんまの自分。
それがつまり、心と思考と行動の一致、ってやつなのかな?
そんな自分になりたいです
それが
『自分を大事にして生きる』
ということなのかなとも 思います
時間はかかるかもしれないけど
小さなことから
一歩一歩。
***********************************
最初に書いた夫の言葉
「大丈夫って それおかしいでしょ。大丈夫じゃないよ」
それは
「大丈夫って それおかしいでしょ。大丈夫じゃないよ (と俺は思う)」ってことだよね
と俺は思う
が抜けてる
本当はただ
わたしは大丈夫と感じている
夫は大丈夫と感じていない
それだけのことだよね?![]()
でも夫は 往々にして
自分の感覚、思いと
私の感覚、思いが同じでない場合
「あなた(sora)が間違ってる」 になる
ほんとうは、「それはわたしの感覚なんだよ」と押し切ればいいのだけど、
わたしはわたしで 幼少の頃、
普通の家族環境ではない環境でそだっていることが要因だと思うんだけど
自分の感覚、に 自信がない部分があって
だから
あなたがおかしい
と言われると
おかしくないよ?と思っても
怯んだり、身を引いたりしてしまうんだよね
おかしくない
と心の声は言ってるのに。
その心の声を救えるのはわたししかいないので
やっぱり、面倒くさくても伝えていく
そう思って、何年か前から徐々に伝えるようにしているんだけど
わたしが
「それはあなたの感覚であって わたしの感覚はこうなんだよ 違うんだよ」
と言っても やっぱり
「いやいやいや、それおかしいでしょ」
になってしまう
わたしはわたし 夫は夫
考えや感覚が違って当然、という感じがなくて
どちらが合っていて、どちらが間違っているか。
どちらかに合わせなくてはいけない
勝ち負け?
優劣?
それはとても窮屈 だよね
お互いに。
ジャッジしてるんだもんね。
でもこう書いていて、
自分にもそういう部分あるな、と思い当たる。
夫婦とか、パートナーシップって
じゃあその「違う考え」をどうやってすりあわせて
妥協点を見つけて、納得度を少しでも高くして
ふたりとしてより良い方向に進んでいくか、ということなのかなと思うけど
それが難しいな、という場合
つまり方向性や感覚があまりにも違う場合は
別々に生きて行くのが
お互いのためにいいのかな、と。
たくさんのたくさんの、いろいろなことがあって
いま、お互いこうなっているんだけど
相手を責めるつもりはなく
どうしたら わたしも 彼も
幸せに生きて行けるのか
それを考えています
うまく言葉にすることが難しくて
まとめようと思うと別の言葉になってしまうようで
まとまらないまま書きました
長く、読みづらい文章だったと思います。
読んでくださってありがとうございました![]()