ここのところ、
少しずつ暖かくなってきましたね。
みなさんは、
いかがお過ごしでしょうか。
私はというと、
先日、
リビングの片付けをしていました。
すると、
棚の奥のほうから、
古い引き出しが出てきたのです。
こういうのって、
やっぱり気になってしまいますよね。
掃除の手を止めて、
中を見てしまいました。
そうしたら、
なんだか懐かしいものが、
たくさん出てきました。
写真だったり、
昔のレシートだったり。
そんな中に、
一通の封筒が入っていました。
それは、
ずいぶん昔に書いた、
手紙だったのです。
もちろん、
自分で書いたものです。
私は、
ほんの軽い気持ちで、
その封筒を開けてみました。
中から出てきたのは、
便箋(びんせん)でした。
そこには、
当時の私の文字で、
色々なことが書いてありました。
ここで、
問題になるのが、
『過去の自分』
というものです。
みなさんは、
昔書いた手紙や日記を、
読み返したことはありますか。
私は、
あまりの衝撃に、
その場で固まってしまいました。
そこには、
当時の私が考えた、
熱い思いがつづられていたのです。
たとえば、
「私は将来、世界をまたにかける仕事をする」
みたいなことが書いてありました。
では、いったい、
いまの私はどうなっているでしょうか。
ごく普通の主婦として、
スーパーの特売品を求めて、
自転車を走らせています。
世界どころか、
近所のスーパーの特売情報に、
一喜一憂している毎日です。
そう考えると、
なんだか少し、
切なくなってしまいますよね。
でも、
それだけでは終わりませんでした。
もっとすごいことが、
書いてあったのです。
それは、
『黒歴史』
というやつです。
当時の私は、
かなり文学的な気取りをしていたみたいで、
なんだか難しい言葉をたくさん使っていました。
「我が魂の故郷(ふるさと)」
とか、
「孤独な戦士」
とか。
そういう言葉が、
これでもかと並んでいたのです。
読んでいるうちに、
顔から火が出るかと思いました。
あまりの恥ずかしさに、
その場でひっくり返りそうになりました。
こういうのって、
本当に恐ろしいですよね。
過去の自分というのは、
どうしてあんなにも、
全能感に満ちあふれているのでしょうか。
誰に見せるわけでもないのに、
なんだかカッコつけた文章が、
延々と続いていました。
ここで、
私はふと思いました。
人間は、
歳を重ねるごとに、
大人になっていくのでしょうか。
それとも、
ただ恥知らずに、
なっているだけなのでしょうか。
答えは、
よく分かりません。
けれど、
一つだけ言えることがあります。
それは、
当時の私なりに、
一生懸命生きていたということです。
少し、
話しは変わりますが、
私の母がよく言っていました。
「若い頃は、誰でも何かにかぶれるものだよ」
と。
まさに、
その通りだなと思いました。
当時の私は、
完全に何かにかぶれていたのです。
でも、
それの何がいけないのでしょうか。
恥ずかしいということは、
それだけ自分が成長したという、
証拠なのかもしれません。
もし、
いまの自分が昔の手紙を見ても、
「うん、その通りだね」と納得していたら、
それはそれで怖い気がします。
成長していないということになりますから。
そう考えると、
あの恥ずかしい手紙を見つけたことも、
意味があったのかなと思います。
自分の過去の姿に、
全力でツッコミを入れる。
こういう時間も、
たまにはいいものかもしれません。
でも、
やっぱり直視するのは辛いです。
読んでいる途中で、
何度も手紙を閉じそうになりました。
「もうやめてくれ」
と、
心の中で叫びました。
それでも最後まで読んでしまったのは、
一種の好奇心だったのかもしれません。
人間というのは、
自分の黒歴史を見るのが、
好きなのでしょうか。
なんだか、
不思議な気分になりました。
気づけば、
部屋の掃除はすっかり中断していました。
床には、
古い手紙や写真が、
散らかったままです。
片付けをしていたはずなのに、
なぜか過去の思い出に浸って、
一日が終わってしまいました。
こういうことって、
よくありますよね。
ちょっとだけ片付けのつもりが、
昔のアルバムや手紙を開いてしまい、
そのまま時間が過ぎていく。
みなさんも、
そんな経験はありませんか。
私は、
その手紙をどうしたかというと、
そっと元の封筒に戻しました。
そして、
二度と開けないように、
引き出しのいちばん奥にしまいました。
成仏(じょうぶつ)させるには、
まだ少し、
時間がかかりそうです。
もう少し歳を取ったら、
笑い話にできる日が来るのでしょうか。
その時が来たら、
またブログに書くかもしれません。
でも、
当分はそっとしておこうと思います。
自分の過去の文章と向き合うのは、
思った以上にエネルギーを使います。
なんだか、
ドッと疲れてしまいました。
今日は、
あたたかいお茶でも飲んで、
ゆっくり休もうと思います。
こういう何気ない日常に戻ると、
なんだかホッとするんですよね。
やっぱり、
今がいちばん平和なのかもしれません。
みなさんも、
もし実家や自宅の片付けをしていて、
古い手紙を見つけても、
あまり真剣に読まないほうがいいですよ。
精神的にダメージを、
受けてしまうかもしれませんから。
気をつけながら、
お片付けをしてみてくださいね。
それでは、
また次回のブログで。
今度は、
もっと楽しいお話を書きたいなと思います。
そういえば、
あたたかいお茶といえば、最近、
近所のスーパーで見つけた、
ちょっと変わったほうじ茶があるんです。
これが、
思った以上においしくて。
毎日のように、
飲んでいたりします。
こういう、
小さなお茶の時間って、
いいですよね。
特別なことは、
何もしていません。
ただ、
お湯を沸かして、
マグカップにティーバッグを入れて、
ぼんやりと窓の外を眺める。
それだけの時間です。
けれど、
その時間が、
なんだかとても贅沢に感じられたりします。
みなさんは、
ホッと一息つける時間、
持てていますでしょうか。
忙しい毎日を過ごしていると、
つい、
自分のことを後回しにしてしまいがちですよね。
私も、
気がつくと、
あれもこれもと動いてしまっていて。
ソファに座ったまま、
動けなくなってしまうことがあります。
そういうときこそ、
あたたかい飲み物を一杯。
それだけで、
こわばっていた肩の力が、
ふっと抜けていくような気がします。
私の場合は、
それがお茶だったりしますが、
人によってはコーヒーだったり、
紅茶だったりするのかなと思います。
あるいは、
お気に入りのアロマの香りだったり、
お風呂にゆっくり浸かることだったり。
人それぞれ、
自分をいたわる方法が、
あるのではないでしょうか。
こういうのって、
やっぱり大事ですよね。
がんばりすぎないこと。
たまには、
自分を甘やかすこと。
そんなふうに、
自分を大切にしながら、
毎日を過ごしていけたらいいなと思います。
少し、
話しは変わりますが、
この前、
久しぶりに本屋さんに行ったんです。
目的のものは、
特にありませんでした。
ただ、
なんとなく、
新しい本との出会いがあったらいいなと思って。
ふらっと、
立ち寄ってみたんです。
大きな本屋さんではなくて、
昔からあるような、
こぢんまりとした街の本屋さんです。
そういう場所って、
なんだか落ち着くんですよね。
平積みにされている本を眺めたり、
背表紙をパラパラと見ていったり。
時間を忘れて、
長いしてしまいます。
そこで、
一冊の本が目に留まりました。
表紙の絵が、
とても可愛らしくて。
思わず、
手に取ってしまいました。
エッセイ本でした。
パラパラと、
最初のほうのページをめくってみると、
日常のささやかな出来事が、
優しく綴られていました。
「こういう文章、好きだな。」
そう思いながら、
レジに持って行きました。
せっかくのお休みだったし、
たまには、
そういうご褒美もいいですよね。
家に帰ってきてから、
さっそく読んでみました。
やっぱり、
買って正解でした。
ページをめくるたびに、
心がじんわりと温かくなるような、
そんな素敵な本でした。
登場するエピソードが、
どれも身近なことばかりで。
「あ、これ、私もわかるかも。」
そう共感できることが、
たくさん書かれていました。
たとえば、
朝のコーヒーの香りのこととか。
雨の日の過ごし方のこととか。
スーパーの特売で、
ちょっといいお肉を買えたときの喜びとか。
本当に、
どこにでもあるような、
日常のワンシーンなんです。
でも、
それを丁寧に言葉にしていくと、
こんなにも愛おしいものになるんだなと思いました。
私たちは普段、
忙しさに追われて、
そういう小さな幸せを、
見落としてしまいがちです。
目の前にあることだけで精一杯になって、
景色を楽しむ余裕すら、
なくなってしまったりします。
でも、
本当は、
日常の中にこそ、
たくさんの小さな幸せが、
転がっているんですよね。
それに気がつけるかどうか。
ただ、
それだけのことなのかなと思います。
そう考えると、
自分の毎日も、
まんざら悪くないなと思えてきます。
特別な旅行に行かなくても、
高いお洋服を買わなくても、
お気に入りのマグカップでお茶を飲むことや、
街の本屋さんで素敵な本に出会うことや、
そんな些細なことで、
心は十分に満たされるのです。
こういう気持ちを、
いつまでも大切にしていきたいなと、
本を読みながら、
しみじみと感じました。
みなさんは最近、
どんな小さな幸せを見つけましたか。
道端に咲いていたお花だったり、
焼き立てのパンの匂いだったり。
きっと、
それぞれの日常の中に、
たくさん隠れているはずです。
もしよかったら、
教えてほしいななんて思ったりします。
さて、
そろそろ夕飯の支度を始めないとですね。
今日のメニューは、
何にしようかな。
冷蔵庫の中にあるもので、
何かあたたかいスープでも作ろうと思います。
玉ねぎと人参と、
それからベーコンもあったはず。
じっくり煮込んだら、
それだけでおいしそうです。
料理をしている時間も、
嫌いではありません。
好きな音楽を小さくかけながら、
野菜を切ったり、
味見をしたり。
そういう手の動きに集中していると、
頭の中がすっきりと整理されていくから不思議です。
やっぱり、
手を動かすって大事なんですね。
さあ、
腰を上げて、
キッチンに向かいましょうか。
今日も一日、
穏やかに過ごせました。
明日も、
また穏やかな一日になるといいな。
みなさんも、
素敵な夜をお過ごしくださいね。
それでは、
またお会いしましょう。
キッチンの明かりをパッとつけて、
まずはエプロンをキュッと結びます。
お気に入りのリトアニアリネンのエプロン。
少しシワがついているけれど、
それがかえって体に馴染んでいて、
着るだけでスイッチが入るような気がするのです。
こういう小さな儀式って、
意外と大切なのかもしれません。
バタバタとした一日が終わって、
夜の静かな時間がやってきました。
外をふと見上げると、
きれいな三日月が浮かんでいます。
明日のお天気はどうでしょうか。
テレビの天気予報によると、
どうやらお出かけ日和になりそうです。
せっかくの晴れマーク。
じっとしておくのは、
なんだかもったいない気がしてしまいますよね。
どこか近くの公園まで、
歩いて行ってみようかな。
それとも、
気になっていた小さなパン屋さんまで、
足を伸ばしてみようか。
考えているだけで、
心がフワッと軽くなります。
楽しみがあるって、
素敵なことです。
毎日のルーティンはもちろん大切ですが、
たまにはちょっと違う風を感じるのも、
気分転換になっていいものです。
人間、
ずっと同じペースで歩いていると、
視野が狭くなってしまうことがあります。
だから、
意識的に立ち止まったり、
違う道を歩いてみたりすることが、
必要なのかもしれません。
これは、
暮らしのなかの『小さな冒険』とでも言うのでしょうか。
大げさなものじゃなくていいんです。
いつもの駅で降りずに、
一つ手前の駅で降りてみる。
入ったことのない喫茶店で、
ブレンドコーヒーを一杯だけ飲んでみる。
そんな些細なことで十分です。
それだけで、
世界が少しだけ新しく見えるから不思議ですね。
みなさんは、
最近どんな新しい景色を見ましたか。
案外、
すぐ近くに見落としている景色が、
たくさんあるのかもしれません。
明日は、
いつもと違う道を歩いてみようかな。
そんなことを考えながら野菜を切っていると、
コンソメのいい香りがふわりと漂ってきました。
お鍋の中のスープが、
コトコトと音を立てています。
あたたかいスープを飲んで、
お腹を満たしたら、
今日は早めにベッドに入りましょう。
たっぷり眠って、
朝の光を気持ちよく浴びたいです。
そういえば、
新しいお気に入りのマグカップを探しに行くのもいいですね。
今度のお休みは、
雑貨屋さん巡りなんてどうでしょう。
想像しているだけで、
自然と口元がほころんでしまいます。
お出かけの予定を立てているときのワクワク感って、
子供の頃の遠足の前日に似ている気がします。
大人になっても、
こういう気持ちを忘れずにいたいものですね。
そろそろ、
スープがいい感じに煮込めたようです。
火を止めて、
お気に入りのスープ皿にたっぷりとよそいましょう。
湯気がほのかに立ち上って、
それだけでホッと心が和みます。
いただきます。
一口飲めば、
優しい味わいが体にじんわりと染み渡っていくのを感じました。
やっぱり、
手作りのごはんっていいですね。
心も体も、
すっきりと満たされていくようです。
今日という日が、
こんなふうに穏やかに終わっていくこと。
それは、
当たり前のようでいて、
実はとてもありがたい奇跡のようなことなのかもしれません。
日常のなかに潜む、
小さな幸せや温もりを、
これからも大切にしていきたいなと思います。
明日もきっと、
いい一日になりますように。
それでは、
あたたかくして、
ゆっくり休んでくださいね。
おやすみなさい。