よく聞く、「死に目に会えなかった」という
表現は、死ぬ方の死ぬ瞬間に立ち会うことができなかった、
という意味かと思っている。
その人が
天国に召される、その瞬間、
そこに一緒に付き添い、その場に
立ち会いたい、という気持ちがあって、
でもそれが叶わなかった、
という意味だと捉えていた。
でもみんながみんな、
大切な人がいなくなる瞬間を
目視したいわけではない。
母なんかもそうらしい。
「知らないところでそうなってほしい」
「見ていられない」
と言っていた。
私はずっと、その人のそばにいてあげたい、
その人が寂しくならないように、
手を握っていたい、とか、大丈夫だよ、
ずっと思ってるよ、とか声をかけ続けたい、
と思ってた側の人間なので、
母の感じ方の違いを感じた。
相手の身になって考えないと
あかんてことだね。
自分が良かれ、とか
当然、と思うことって、
案外他の人からしてみたら
全く逆のことだったりするんよ。
実の親でさえも。
今生きている、
地球上の全人類に共通することは
2つある。
1. 全員、いつかは死ぬということ。
2. いつ死ぬのかは、誰にもわからない、ということ。
一見恐ろしくもあるが、
当たり前のことであり、
誰もが知っているはずのことなのに、
なぜか、自分だけは永遠に生きるかのように
感じてたりする。
明日が当然、やってくるものと
思ってたりする。
そんな保証はどこにもないのにね。
明日生きていられる保証なんて、
どんなに高額な保険をかけても、
無い。
そんな保証をしてくれる人・サービスは
存在しない。
だからこそ、今日一日、
1分、1秒を、精一杯生きる。
できる限りのことをやり切る。
毎日、毎日、
ただそれだけなのよ。
さて、勉強に出掛けるか。
3人に増えた娘たちに
混じって私も
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