妬み(ネタミ)や僻み(ヒガミ)の気持ちがあった。

ずっと、ずっと、あった。

 

嫉妬のキモチ:

それは、私がしてもらいたかったのに

してもらえなかったことを、

イトも簡単に他人がしてもらえてる時に感じていた。

 

 

私の場合、何に嫉妬してたかというと、

夫にたくさん育児協力をしてもらっている人。

 

「今日は旦那さんが子どもの迎えに行ってくれて、ご飯も風呂も済ませてくれるんだ。」

 

とか

 

「旦那が朝は送迎担当なんだ。」

 

とか

 

「子どもを寝かしつける担当は夫なんだ。」

 

とか

 

 

そんな他愛もない会話の節々で

いちいち、私はイラっときて、妬みの気持ちになっていた。

小さな自分。

 

こんなことで嫉妬心なんて抱きたく無いのに。

 

無性に苛立ってしまうんだよね。

 

それは、自分自身が癒やされていないから。

自分がもっともっと夫にも協力してもらいたかったのに

してもらえる状況じゃなかったから。

 

もう変えられない過去に対して、一体いつまで

そんなヤッカミを持ち続けて生きていくつもりなんだ。

 

自分でも嫌気がさし始めてた。

 

でも、残る、嫉妬心。

 

 

処方箋は:

自分を自分で癒す。

 

誰かや何かに、癒しや慰めを求めてるうちは、

何一つ変わらない。

ずっとずっと、「可哀想な自分」のまま。

 

 

自分自身で、自分のことを癒してあげる。

喜ぶことをさせてあげる。

よしよし、してあげる。

肩をトントンたたいてあげる。

 

そんなことして何になる?

効果あるわけないじゃん。

 

と思ってたけど、

長い年月が経って、

 

物理的な育児負担がだいぶ減って、

一人になる時間、子どもから離れて過ごす時間が増えて

やっとやっと、癒やされつつある。

 

いつも答えは自分の中にある。