どんなにお金持ちでも、

どんな有名人でも、

どんなVIP待遇の人でも、お偉い人でも、

明日が生きられると保証されている人は

この世に誰一人といない。

 

一瞬先、生きていられる保証は一つもない。

寿命は誰にもわからない。

(アガスティアの葉を開けば書いてあるらしいが)

 

これは、世の中の真理なのに、

なぜか私たちは生きられていることを

当たり前化するものなのね。

 

先日、叔母が亡くなった。

オープンで気さくで優しくて、

美人で、子どもたちにお年玉を

毎年くださっていた。

 

持病はあったものの、

日々を慎ましく幸せに暮らしていて、

まさかこんな突然な形でお別れの日が来ると

思わなかった・・・

 

常識では、冒頭の内容をわかっているはずなのに、

突然って、悲しい。

ずっといてくれるような錯覚に陥っていたから、

寂しい。

 

 

美人だった叔母の少しでも

美と優雅さを取り入れられるように、

使い残されていた化粧品を譲り受けた。

 手鏡も鏡シャンプー

 



 

水曜日と木曜日、

お通夜と告別式。


給与計算、その前に済ませたい。。。




 



このイベントの告知の方法も

模索しなくちゃ。