子どもの成長に合わせて、
親のやるべき役割も徐々に変わっていく。
今までやっていた介助が、
はて、まだ必要なのか、
もう不要になったのか、
子育ての節目で見直すと良いんだね。
庭に咲いたレンゲツツジ
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赤ちゃんの頃は、
衣食住、下の世話、
生きていく上での
全てを親がこなす必要があった。
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乳幼児時代には、
食事やの着替え補助、
危険から身を守らなきゃ行けなかった(道路歩く時には手を引いたり)。
→手が離れること
自分でトイレに行けるようになる
自分の手で食べられるようになる
歩けるようになる
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小学校時代には、
時々宿題のケアしたり、
友人関係の相談に乗ったり、
習い事をするしないを決断したり。
→手が離れること
常にそばにいなくても、自力で外に出歩けるようになる。
通学するようになる
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中・高・大学時代には、
弁当づくり、
人間関係相談、
進路相談、
学費の支払い。
→手が離れること
宿題は自力でやる時代。
弁当づくり、学費払い以外ほぼ自立する。
(随分とざーーっくりだな)
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そして子どもがついに、社会人になった時。
もう、晴れて、親は子にしてやれることがなくなる。
濃密にそばにいて、世話を見てきた時代から
すこーしずつ、ほんのりと少しずつ、
子どもは自立していく。
一つ一つの人生の節目で、
親の手が少しずつ、少しずつ、離れていく。
そして、幼少期は自然と離れていくものが多いけれど、
(トイレ行けるようになったら自然とオムツの世話はしなくなるよね)
年齢が高くなるにつれて、親が意識して
子離れしていかねばならないものも出てくる。
例えば、中学生になっても
手取り足取り宿題のケアをしていたら・・・
やりすぎてるかもしれない。
(もちろん成長度合いによって、それを必要とする子にはしてやる必要はある)
もし大学生になっても
送り迎えを全て親がしていたら・・・
それは自力で行けるようにした方が良いかもしれない。
(体調不良や、事件後などで送迎が必要な時期を除く)
社会人になっても
親が当たり前に衣食住の費用を全て支払続けていたら・・・
果たしてそれが、子どものためになるのかどうか、
考え直したい。
社会人になった娘が、
「ママ〜、生理用品切れてるよ、買ってきて」
と言ってきたら、違和感を感じられる私でいたい。
高校生・大学生の頃から、
「やりすぎてやしないか」を
意識した方が良いかもしれない。
節目節目で、立ち止まって、今やっていることをそのまま
やり続けることがベストなのか、見直すことができる私でいたい。
子どもたちが幼かった頃は、一人で座って珈琲を飲む時間すらなかったし、
そんなことを見直す時間が微塵も取れていなかったけど。
今なら、早朝一人で起きて、子どもたち起きて来るまで
1時間、多い時には2時間もある![]()
タイトルの、
「社会人になっても娘に生理用品を買い与える親」の
話を間接的に聞いて、思ったことをツラツラと
書き連ねた。
今の私は、ここだなぁ。と。
子どもたちを甘やかしすぎることなく
自活して自立して巣立つまでを
見送りたい。
きゃあ、楽しみ![]()
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