先日、夫の弱みを握った。
彼は登山が苦手だ。
いや、「無理」って言葉を吐いてた。
そこで気付いたんだが、夫がこれまで
「無理」
と言って諦めたことって、あったかな?
新卒の会社を3ヶ月で退職した時に、
「この仕事は無理だ。」
と言って以来聞いてないかも?
25年ほど前。
(私の記憶力はアテにならないから事実はどうか分からないが、あくまでも私の記憶の上ではそう思うよ。って話し)
いつでも自分に正直に生きてるから、
「無理」なことはやめて、
「やりたい」ことを追求して来たんだろうな。
一般的にはそんなことしないよ、
普通はこう言う段取り踏んでからそれやるよ、
と言う事には目もくれず、
自分の強靭な意志を貫いて来た。
私なぞは、周りの雑音、自らの邪念に振り回されて、本当は何をしたかったのか見失ったり。
やりたいと思ったことを簡単に諦めたりしたことが多かった印象。
ブレブレなんだよね。
目の前に現れたことに対応しちゃって本来やるべきことを忘れてる、なんてしょっちゅう。
私はADHDなんだと思うわ。
これを書いていても話があちこちに飛ぶ。
解読不明だろうな。
誰にも迷惑かけてない、これは私の日記。
頑固さ vs 意志を貫き通す強さ
人の意見を取り入れる柔軟性 vs 自分を意志を貫き通す強さ
色んな微妙なニュアンスの中で、
たくさんの矛盾の中で、
いつでも揺れ動き、迷いながらも決断して、バランスを取り続ける。
生きているととは、すなわち
こう言う経験を重ねていることだから
経験重ねて慣れてきて
生きるのが楽になってくるのを感じる。
と同時に、いつでも乗り越えるべき何かがやってくるもんなんだな、とも気付く。
波乗り🏄♀️サーフィンみたいな。
ついつい話が脱線してしまうが、
言いたかったことは、
夫が登山を「無理」と言った時に、
それ以外の相当に大変な事に対して「無理」と断念することって無かったな〜、と気付いたと言うこと。それが強みだったんじゃん、てこと。
会社を乗っ取られそうになって
従業員ほぼ全員居なくなった時にも1ミリも「無理」とか後ろ向きな言葉を吐いたことが無かったな。ひたすらどうするのか、血眼になって乗り切る事しか眼中になかった。
広告費が暴走して資金が底に尽きそうになって、継続していけるかどうかのピンチ時にも、1ミリも「無理」なんて言ってる暇なくただただ改善出来るポイントを見つけ取り組み邁進して来た。
そんな夫が、登山は「無理」って。
誰にも弱みがあるんだもんね。
先日の登山は、登山靴が足首に当たってものすごく苦痛になってしまい断念したのもあるが、基本的に長時間歩くのは好きでは無いことは知っている。
苦手なのを分かっていて、なぜ登山に着いてきたのか。それは、私と共通の趣味を持ちたいと思ったのか?
先日は、登頂はしなかったけど、人生初のケーブルカーに乗って子ども並みにはしゃいたり(これは私)、美味しい豆腐料理を落ち着いたお店でしっぽりと大人onlyで楽しんだり、阿夫利神社御参りしたり、それはそれで楽しい時間が過ごせた。
山の神聖な空気を吸い込めた。
とりとめもない話を書き綴っていたらもう出勤時間だ。
頑張るぞ。おー。


