5月2日は、長女の誕生日バースデーケーキ

休日料金取られない日に生まれた。


sweet sixteen



昔から、女の子が生まれたら16歳の誕生日にはじめてのアクセサリーを買ってあげたい、と夢見てたラブラブ

私の勝手な妄想。



実際には、長女はもう何年も前から自分のお小遣いでプチプラなアクセサリーを買ったり付けたりしてるけど。



母から娘にあげる、高過ぎず安過ぎず、初めてのアクセサリーをプレゼントハートするのが密かな夢だった。



また夢が1つ叶っちゃった虹星キラキラ






5月の誕生日石のエメラルドのネックレス宝石緑

(もちろん本物ではない)




今日も学校休みな長女はひたすら眠り姫の日なんだろう。







長女は、私にとって初めての女の子。

兄2人に次いで生まれて来て、しかも2番目の兄とは1歳10ヶ月しか離れていなくて、一時期赤ちゃん2人授乳状態。


思い返せば、長女が産まれてから、次女が保育園卒園するまでくらいの約10年間の期間が、私の人生の中で1番大変でカオスな時期だった。


長くて長くて永遠感半端なくて、よく今、全員無事生きてると思う。




それまで男子の育児しかして来なかった私にとって、長女の視察の鋭さは、生意気にしか思えなかった。


憎たらしくて、どうしてあんなに小さい子に対してあそこまで怒ってしまったんだろう??


と言うくらいにイライラしている日々だった。


実の娘を可愛いと思えないなんて、私はおかしいんじゃないのか??

母親失格じゃね?

やり場のない怒りと混乱の毎日だった。



その中で、長女は年中さん4歳の時から、とても仲良くなった親友の家によく泊まりに行く様になり、一年生になると習い事のバレーボール🏐を一緒にやる事になり、学校以外の時間、長女はバレーボール練習か、親友宅に泊まり込みのどちらかの時間が増えた。



私は心の余裕全くなく、その親友宅には甘えまくってた。

ほぼ毎週末泊まりに行かせてもらい、バレーボールの送迎、遠征や合宿の付き添いなんかも任せっきりな事が多かった。




その一家のおかげで、私は長女の子育て期間を乗り越えることが出来たと言っても過言ではない。


うちで育ったのではなく、その家族に育てられたからこそ、長女はこんなに気が効く子に育ったんだな、と今頃まじまじと実感する。


感謝の涙が出て来る。

してやれなかった事も多かったけど、あの鬼の形相の私に出来た事なんて、無かった。

無駄に頑張ってたら一家崩壊してたかもしれない。

だから、素直に流れに任せて、お願い出来て良かったんだ。

ようやくそう思える。


同時に、長女親友一家(両親兄弟だけでなく祖父母、叔母) に感謝しても仕切れない。でも何かしら感謝したい。




心に平穏が戻りつつある今の私には、もう長女が可愛くて可愛くて、仕方ない。


こんな風に思える日が来るなんて、知らなかった。


こんな風に思える様になって、良かったドレス



16歳の誕生日、おめでとう乙女のトキメキ