パパ(父親)は、男。
ママ(母親)は、女。
体も違えば、脳も違う。
だから役割が違っていて当然。
赤ん坊の世話を父親に任せ過ぎるのは、古い考えかもしれないけど、私は違うと思う。
もちろん、ちょっとの間抱っこしてくれたり、少しママが外出したりする間にパパが子どもの世話は、たまにはして欲しい。
少しも手伝い手が無い状態だとママも狂ってしまう。
けど、赤ちゃん期、幼少期は、どうしても子育ての大半は、母親に比重がのしかかって来る。
これは自然の摂理として受け止めるべきなのかな〜。
と今の私は思う。
昔の自分に向かって、教えてあげたいよ。
ママの方が声が高くて、体もやわらかいし、抱き心地も良いから。お乳も出るし。
父親で最高の子育て出来る人もいるけどね!
一般的には父親の出番は、赤ちゃん期、幼少期にはあんまり無いかもしれない。
だけど子どもが思春期に差し掛かった時、いざと言う時、ママがオロオロしたり不安になったりした時、1人では決めかねる時、パパがどっしり構えてくれたら、最高じゃないか。
子どもが大きく成長してから父親の出番が来た一例。
もっと若い時に、これを知っていれば、もっと割り切って子育て出来たのにな。
過去の若い私は、夫に八つ当たりばっかりしていた。
自分だけが猛烈に大変だ、と悲劇のヒロインぶっていた。
実際、ワンオペ育児だったけどね。
夫は仕事一筋だった。
半世紀弱の私の人生を振り返っても、子どもたちが幼い頃の15年間は(そう、4人もいるから、15年間はキツイ時代だった)、私にとって人生最大に試練でたり、最もキツイ、大変で、苦しい時代であった。
「子どもが成長しちゃって寂しい」
なんてセリフを言うママが時々いるけど、
それは、産み足りないんじゃね?
と私は思うのだ。
1人や2人の子どもだったら、私もそんなセンチメンタルなセリフを言えたのかもしれない。
もっともっと子沢山の人は世の中には居るけど、私個人的には4人の育児は私に限界を超えさせた。
無理。
と何度思った事か。
でも逃げられる訳でもなく、責任はつきまとうのが子育て。
無理。
を何度もやり過ごし、苦しくても何とか生きて、子どもたちを生かし続けて、時間が解決してくれた。
子どもは、時間と共に確実に成長するから。
子どもの成長は、私にとって何より、何より嬉しい事であり、決して寂しいものなんかにはなり得ない。
来月、最後の子どもが小学校を卒業する。
丸15年間、あの小学校に通った私。
委員もちゃんと人数分こなし、懇談会や大事な式典はだいたい参加したし、運動会も15回見守った。
寂しさなんて、微塵もない。
あるのは、やりきった感のみ。
感動的な喜びのみ。
ついつい話しがズレてしまうが、
幼少期にママばかりが大変、
と言うのは生物学的にある程度は仕方ない事なんだ、自分にしか出来ない役割と割り切るのも大切、と思う。
だがしかし。
どうしても無理!
な時には家族に頼るべし。
家族が頼りにならなければ、何かサービスに頼るべし。
痛ましい事件になるくらいだったら、誰かに頼りなさい‼️
私には片付けの吉田さんが心の支えだった。
部屋を片付ける事によって心のゴミも片付けられた。
吉田さんは、片付け+心のセラピーみたいな不思議な人。
片付けなしの、お悩み相談だけ。もやっているので、気になった方は是非相談してみるべし。
かなりのオススメです。
高くてもその価値はアリアリです。
優しくて可愛くて、聴き上手だから。
困ってるママがいたら、支えになりたい!
子育て経験者なら誰しも真剣に思います。
話しがとっちらかって、何を言ってんだか
要するに、子育ては期間限定。
どんなに苦しくて大変でも、子どもたちは必ず成長する。毎日ほんの少しずつ、手を離れて行く。
ナメクジのスピードで。
無理。
な時にはSOSを出そう。
そうする事が最善だから。
題名と最後のシメの言葉がチグハグだな。。
まとまらないわ一記事では。
今度じっくり頭の整理をして書き分けてみたいな。
あ〜、そんな時間が出来るのもめっちゃ楽しみだしめっちゃ幸せ!
苦しい時があればあるほど、幸せを実感出来るのかもしれない。
友人の素敵な手料理:
これは。
はくだけで腰がラクになる!
