仕事でどんどん高度な事を求められて、やらねばならないのは痛いほど分かってるのに、身動き取れない。

思うような動きが出来ない。


喝を入れられてもなかなか進められない。



そんな日々が過ぎて行くばかり。




分かっちゃいるけどやれない病



モヤモヤが積もって、信頼する人生の先輩に愚痴メールをしたら、案の定、心休まる親身な返信。


ありがとうございます。


そしてふと、携帯電話を落とした時に、音楽が流れ出した。


どうして急にその曲が流れたのか?


それは、クラシック音楽の、「カヴァレリア・ルスティカーナ」と言う曲だった。


美しくて聴き入るその音色。

この曲は、母方のおじいちゃんが大好きだった曲で、従兄弟の発案で御葬式の時にも流した。


優しいおじいちゃんとおばあちゃんの事が思い出されて、子どもの頃、大切に扱ってもらった事が数々の映像として頭に映し出されて、勝手に涙が流れて来た。


携帯を落としたのもたまたまで、その曲が流れ出たのも誤作動。


だけど、私には、最近忘れていたおじいちゃんとおばあちゃんが、落ち込んでる私にエールをくれている様に感じずに居られなかった。


ありがとう

ありがとう

ありがとう

ありがとう


会いたい会いたい会いたい




昔、戦争にも行ったおじいちゃんは、バイオリンの🎻先生だった。

オーケストラの指揮者としても、活躍していた。

今思えば、あの時代にバイオリンの先生として生計を立て、娘を3人産み育てるのは並大抵な事ではなかったのか?


と思う。



おばあちゃんは、いつもいつも動き回っている世話好きなおばあちゃんだった。


98歳まで一人暮らしし、104歳まで生きたおばあちゃんは、私たち家族みんなのお手本だ。


おじいちゃんとおばあちゃんが背中で、生き様で見せてくれた凄みは、子どもの頃はそんなに分からなかったけど、亡くなった後も、何月が経てば経つほど、より凄みを感じられてならない。



おじいちゃんとおばあちゃんの血が私にも通っている。


私の4人の子どもにも。





気が済むまで泣いて、更に自分で自分を甘やかした。






丸まった背中を正して、挑んで行かねば。