外から猫ちゃんの鳴き声が聞こえて来た。
結構長い間、会話しているみたい。
時には大声でギャアギャアと

庭を覗いてみたら、2人とも逃げない。
仲が良いんだか悪いんだか。
でも長い時間会話を続けてるってことはお互いのこと気になっているんだろうね。
ずっとニャアニャア言っている。
ちょっと、赤ちゃんの泣き声に聞こえる時もある。
私が中学生の頃、実家で猫🐈を飼い始めた。
「貰い手いませんか?」の記事を母がタウン誌で見かけて、連れてきてもらったのだった。
その猫は、とても不思議な猫で、私が寂しい時、悲しい時を察知出来る猫だった。
私だけでなく、母にも妹にもそうしていたみたい。父はずっと海外に単身赴任で不在だった。
1人で悲しい気分で部屋に居ると、ふすまを手で開けて入ってきて、側に寄り添ってくれた。
彼の温かみと気遣い?には何度救われた事か分からない。
晩年、彼は病に臥して、母は献身的な介護を何年も続けた。
自力で排便出来ないのを、毎日マッサージしていた。
その猫は、ちょうど、私が長男を出産した直後についに危篤状態となり、母は、初孫の誕生よりも愛猫の死の方に寄り添った。 いや、そんな捻くれた言い方は良くないな。
何年も共に生活してお互いを支え合ってきた家族がたまたま猫だったと言うだけだったのだから。
私は初めての出産、帝王切開の事で頭いっぱいになってしまって、大好きだった猫の事もあまり考えられなかった。
長男未熟児のため入院は長引いたし、私は病院から出る事も出来ないまま、愛猫は2/13日に亡くなった。
長男が誕生した5日後だった。
ふと思った。
長男が成人したと言う事は、あの猫がこの世からいなくなってちょうど20年経過するのか。。明後日に。
あの猫は、私が悲しい思いをしない様に、絶妙なタイミングで天国に旅立ったんだ。
時々、あの猫の魂は、長男になって生まれ変わったんじゃないのか、と思う時もあった。
特別な、不思議な猫だったから。
最後までみんなの為に生きていた猫だった。
思い出すと今でも号泣する。
あの時は、長男誕生の事でいっぱいいっぱいで、猫の死を悲しいと思う感情もそんなに感じる事が出来なかった。
でも、その猫との絆は実在したし、私の中でもかなり大切な存在だった。
兄弟なのか、友達なのか、恋人なのか、分からないけど、とても近い存在であった。
母にとっても、いや私にとってそうだった以上に母にとっては、ものすごい心の支えになっていたに違いない。
もう2度とあんな悲しい思いは出来ない、と言って何年も猫を飼わずにいたが、数年前に、「死ぬ前にまた猫を飼いたい」と言って、母は保護猫を🐈受け入れ、引退してる父と一緒に3人で暮らしている。
私も長年、犬猫は飼えないと思っていた。子どもたちに手がかかりすぎるから。お金もかかるし。
最近は心に少し余裕が出て来たのか、通りかかる柴犬がめっちゃ可愛い😍と思えたり、猫ちゃん可愛い😍と思えたりしている。
猫が目の前を横切る度に、可愛い😍と思うのは、あの猫の影響だな。

