若い頃はもちろん、私は大人になってからも長い期間、親の愛に気付かずにいた。

 
あれもやってくれなかった、他の子はこんな風にしてもらっているのにうちはそう言うのしてくれない、とか、やってもらっていない事ばかりに着目していた時代があまりにも長すぎた。 
情けない。
 
そんな思考じゃ、自分はおろか、周りの人のことも幸せになんかできっこないよね。
 
分かってはいても、なかなか親に対して「ありがとう」って、心の底から思えない自分が居続けた。
いいかげんオバハンになっているのにも関わらずだ。
 
心の底から湧き出るほど、親に対して「強烈にありがとう!!」という感謝の念を感じたかった。
表面的な言葉じゃなく、心の底から実感したかった。
 
そう念じていれば、きっとそのタイミングはやってくる、と信じていた。
 
その瞬間は思いがけない時に急に訪れた。
 
 
 
この間、中2長女と会話していた時、猛烈に可愛くなって彼女の丸くて柔らかい頬を両手で持って、「可愛いわね〜ラブ照れ」と言った。考える間もなく、自然に咄嗟にそんな行動が出た。 
だって、猛烈に可愛くて仕方なくて。
 
その時、この感覚、なんだろう? なんか、なんか、なんかなんだよな。 なんだ?? 
 
その時にはなんだか分からなかった。
 
翌日、車を運転しているときに稲妻ドンッのように急激にどつかれた様な感覚で思い出した。 
 
私が娘にした、
 
両手で頬を触って、「可愛いわね〜!」って言った
 
と言う行動。
 
それは昔、私が母親にされたことと同じ行動だったんだ!
 
その時にはすぐに思い出せず、なんだ?なんだ?この感覚は?
 
と言う感じだったが、電撃的に思い出すと同時に(しかも運転中に)、私が娘に対して猛烈に感じた、胸が裂けそうなほど愛らしい!! 可愛い!と言う感情を、きっと母も同様に、私に対して感じてたんだ!
たぶん。
 
と実感して、涙が溢れてしばし止まらなかった。
 
 
確かに、私の母はおっちょこちょいで、単純で、ガサツで細部に気がまわる様でいて大切なところがゴッソリ抜けることがある。 
 
でもそれは、私も同じ・・・
いや、もっとひどいかもしれない。。
 
そんなところもあるけど、子どもの頃には毎朝しっかり朝食を作ってくれていたし、学校から帰ってくると必ず手作りお菓子を作って待っていてくれた。(専業主婦でやることがなく、お菓子の習い事やら手芸の習い事をしていたらしい) 
 
そんなこともしてくれていたのに、(海外にいたのを良いことに)七五三を祝ってくれなかっただの、勉強しろって言ってくれなかっただの、こっちが悩んでいる時に「大丈夫よ!」で終わらせて話も聞いてくれなかっただの、そんなことを根に持ってプンプン怒っていた時代が長かったこと。 
 
どんだけ子どもだったんだ私は。
良い歳して、恥ずかしいね。
 
大人に成り切れていなかったんだな。
 
母は、虐待されたと思われる保護猫を慈善団体から譲り受け、3年間も献身的に愛を注いで飼っている。 
その事実一つ拾って見ても、彼女がどれだけ愛情深い人間なのか、察することができるだろうに。
 
私は幼い自分の思い込みによって、母に対して文句ばかりを言い続けていた。 
 
面と向かっては恥ずかしくてなかなか言えないけど、お母さんどうもありがとう。お母さんがお母さんで良かった。 
 
私も、子どもたちにあなたの良さを引き継いで行けるように頑張るね。