次男が小学6年の時、所属していた少年野球チームのキャプテンに任命され、それに伴い私もキャプテン母と言う役割を担うことになった。
あの1年間は特に濃厚だった。
毎週末、土日祝日の活動に参加して、遠征にも車出したり同行したり。子ども会のイベントの下準備や買い出し、当日手伝いなども。
区の選抜チームに選ばれるとそっちの活動にも掛け持ち参加。
他の子どもたちそっちのけで次男の活動ばかりに付いてった。
中学に入ると学校の部活ではなく外部の硬式野球チームに入ったため、そこでは配車係と言う係をやり、チーム当番は無かったものの遠征にはよく行った。
硬式野球が出来るグラウンドがそもそもあんまり無いため、そして自チームのグラウンドが極小の為、県外遠征には毎週の様に行っていた。
千葉、茨城、栃木などへの日帰り遠征。
最初は「長距離運転自信無いんです」だった私も、自分の車だけでなく、初めて運転するゴツめのチームの道具車を運転して栃木日帰り運転した事もあった。
片道3時間半、試合滞在時間3時間、帰り道渋滞含めて5、6時間。
みたいな。
未明に集合して(それまでに弁当や水筒、氷やお湯を準備)、丸一日運転と炎天下や極寒の中で試合観戦や手伝いして、帰宅は夜。
時にはそれを土日連チャンで。そして次の日は普通に出社。
野球少年を持つ親はみんなこんな感じのスケジュールをこなしていた。
いや、遠征同行は強制では無かったので、来ない親はほぼ来なかった。それでも良いチームだった。
私は小6の時のあのノリが板に付いてしまっていて、参加せずに居られなかっただけ。選手たちを見守りたくて、同行父母と話しがしたくて、試合が観たくて。
サラリーマン父たちもすごいな〜、と感心していた。父たちは、母たちよりもグラウンド整備手伝いとか、重労働があるからだ。
雨上がりのグラウンドの水を抜く作業なんかは特に重労働。
そして、プロ野球で活躍している選手たちも、こう言った熱心な親のサポートあってこそ、あれだけ活躍する選手に育ったはず、と想いを馳せる。
熱心な親は、チーム活動だけでなく息子の自主練にも付き合っている。
本当に脱帽だ。
長男や次男が私に野球⚾️の世界を教えてくれた。
随分と鍛えられたな〜〜。
と思う。
そう言ったことを体験する場を与えてくれてありがとう。
長男が初めて少年野球チームに入った頃は、たった2時間、外の風と太陽にさらされただけで疲れ果てて帰宅後数時間は昼寝していた。
そんな私でも、何年か掛けて慣れて行った結果、今では丸一日外で立っていても、あんまり疲れない身体になった。
慣れってスゴイな。
午前4時に集合、とかも年に何回かあったから、何時に何があろうとそんなに動じずに出来るようになった。
翻訳の内職なんかも、昼間はやる時間無いから夜中のみんなが寝静まった頃に起きて来てガッツリ集中して終わらせる。
そして翌朝普通に出社。
みたいな事も難なくやれる様になってるのは、野球での下地が出来ていたからだと思う。
子どもたちにかなり成長させられたな〜
させてもらったな〜
と思った秋の夕日だった。
一瞬しか会えず、一言しか喋れなかったけど、生き生きと楽しそうに邁進している姿が見れただけで、私は満足。
