もう、成人一歩手前まで来た。

数年後の弟の時には、成人が18歳まで引き下げられる様で、そうなったら成人式の人数も倍になるのか? なんてことが真っ先に頭に浮かんだ。

時代がほんの少しズレていたら、もう彼は成人男性だったのか。。

息子が成人だなんて、めちゃくちゃ変な気分。

赤ちゃんだったのに。


長男には1番、可哀想な思いをさせてきたし、苦楽を共にして来た、と言うのが私の印象。

1歳の誕生日から保育園に通い始め、その晩に熱性痙攣起こし救急車🚑で運ばれ、毎月の様に高熱出す熱性痙攣っ子だったから病院通いは、日常化していた。
私も残業、出張ありの仕事でこの病欠の多さで本当に肩身狭く辛い辛い時代を共にした。

小学校時代は
週末の少年野球の練習はほとんど休まず卒団の3月まで最後まで行き、平日は夜まで受験塾に行き、という過酷な生活を5年生、6年生と2年間も続けて、迎えた中学受験。
六大学附属中学校に余裕合格し、学校の部活でなく硬式野球をやるために学校外のクラブチームに入り、これまた大変な日々。
大きな重たい荷物を2つ、小さな背中に背負って(学校のと野球の)、満員電車に揺られ登校。
学校も提出物や課題が多く、きっと部活に属してなく勉強一本だけでも大変なのに、彼は学校の部活でなく下校時にまた大荷物を背負って移動してからの野球。

夜に帰宅して玄関に倒れ込んで寝てる時もあった。

それを見てから私は行ける日は迎えに行ったり、土曜日には学校から野球への送迎を進んでやるようになった。

そうすると今度は私も時間の余裕が無くなり、気持ちの余裕もなくなり疲弊した。

疲弊してるのは、私だけでなく長男も同じだっただろう。

野球のオフは月曜日だけだか、月曜日は、普通に学校があり、帰宅は夕方。もし、月曜日が祝日ならば丸一日野球になるし。

ほっと一息落ち着いた、静かな1人の時間が、何年も無かったのでは無いのか。
私と同じく。

私だって気が狂いそうだった。仕事に育児に送迎に時間を費やし、自分に使う時間なんて微塵もなかった。

長男も似たような思いだったのかもしれない。



そういう過酷な生活の反動なのか?
何か学校であった出来事なのか?
元々の彼の性格が覚醒したのか?
未だにその理由は話してくれないから不明だが、学校に行かなくなる日がちょこちょこ出てきた。

今思えば私ももう少し早くもっと的確な対応をすれば良かったのに、でも当時はそれで精一杯だった。

もし過去に戻れたとしても何も変えられないと思うし戻りたいとも思わない。



大変残念ながら高校を中退し、今はゲームの甲子園を目指して奮闘中。

親の思い通りでは無いけど、そしてなんて勿体ない事を‼️
と思うけど、何度も話し、もう彼の意思を尊重する以外無いのだと悟り。

こうなったら、応援してあげる以外、親にできる事は無いのでは? 

厳しくし過ぎてもダメだし、甘やかしてもダメになる


このさじ加減が、子育てにおいて1番難しいと思う。

教科書なんてないし。
正解なんて、人によって感じ方が違うから、幾通りも無限大数あるし。

逆に言えば、何が起こったとしても、どんな失敗をしたとしても、諦めずに日々正しい行動を重ねていれば、必ず自分が思い描く「正解」または「なりたい自分、目指す自分」になれるのだと思うし。

これは絶対。

それでもうまくいかない時は、ずっと同じやり方をしてる時。
やり方を変えるんだよ。
行動を変えるんだ。
行動を変えれば、結果も必ず変わる。
その繰り返しだ。
思い通りの結果が出るまで、ひたすらその繰り返しだ。
成功するまで。




これ☝️は、旦那が言った言葉。


因みに長男はゲーム友達は沢山いるらしく、一目置かれる存在らしい。自称。

居場所と言うか、輝ける場所があると言うのは素敵な事だ。

長くかかるかもしれないし、ふっと叶うかもしれないけど、私の夢と言うか目標は、子どもたちを巣立たせる事だ。

しっかり自分の力で稼いで生活して、生き生きと楽しく生きて貰いたい。



なんだか意味不明の長文になってしまった。

2日遅れで、家族で長男の誕生日会をした。



次男が春から県外の高校に行くので家族全員揃う長男の誕生日は、これで最後かもしれないな。