とある身近な人に、生活についてボロボロに言われた。私はその言葉に傷つき、苦しんだ。



そんなに散らかった部屋じゃ、子供たちが病気になっちゃうよ。



長男のことももっといたわってあげないと。



家庭崩壊になるよ?



身内だから言える激しい言葉。私はそれをどう受け止めたらいいのか、悩んでいた。「子供が3人居る辛さなんて分からないくせに」という気持ちがまず先だった。でも反撃なんかよりも、事実は事実として受け止めたいとも思った。



何日経ったか分からないけど、常にそのことが頭の中にあって、もやもやしていた。



けれども、ある変化に気づいた。



最近常に、片付ける事を考えている。部屋を見渡す度に、どうしたらもっとスペースを作れるか、何を捨てられるのか、子供たちのものをどこにどう置こうか、と。そして、少しでも手が空くと床を拭いたり散らかったものを片付けたりしている自分が居ることに気が付いた。子供を言い訳にしないで欲しい、彼女はそう言いたかったのかもしれない。






改革には痛みが伴う、の意味が良く分かった。痛みは伴うけど、意識を一旦改革することが出来れば、苦痛だと感じていたことが快感に変わる。これって素晴らしいことだ!と思った。



この”片付け熱風”を是非持続させたい。



しかし、片付け途中段階って、元よりも悲惨な状態になるのね。それに、子供たちの力も手伝って、さらにスゴイことになっている我が家。でも、片付ける事が少し快感になってきた今の私なら、何度散らかされても頑張れそう??かな。。。