3年生になったら「生活」という科目に替わって、社会と理科が始まった。
社会の手はじめとして、自分たちの住むこの町について探検したり調べたりするようだ。
そして学校近所の梨園で、班毎に一本の梨の木を担当して、その木に名前を付けて、花から実になるまでを観察して行くらしい。
めちゃくちゃ下手な絵が描いてあるメモを発見して、「これ何?」と質問していくと、長男はそのことを話し始めた。
「強たろう」(きょうたろう)と命名した梨の木に付いた小さな実の絵であった。
一本の幹に沢山の小さな実が成るものの、5,6個に1つだけが選ばれて、大人の梨に成熟することが出来るそうだ。他の5個は小さいうちに摘み取られてしまう。
どうして?と聞くと、それは栄養を1つの実に集めて大きくて美味しい梨に育てる為、また全てそのまま育ててしまうとお互いを傷つけあって大きく成長しないことがあるからだ、と説明してくれた長男。
梨園のオジサンの説明をちゃんと聞いていて、それを他者「私」に伝達することが出来た長男をすごいと思った。 (こんなことでいちいちすごいと思うなんて、レベル低くて親バカであるが。。)
梨の実は、白い花が咲いた後に出てくる、最初は梅のような小さな実。 私は初めて見るので、すごく驚いた。こんなに小さな実があの大きくて瑞々しい梨に成るなんて!
そして、まだこんな小さいうちに犠牲になる兄弟梨のお陰で、選定され大人に成熟することが出来る梨は大きく、美味しくなれるんだ、と思うとちょっと切なくなった。
成功する人というのも、犠牲になったり失敗する人のお陰でその栄光を手に入れられるのかもしれない、とふと思った。