時々、ふと思う。どうしてあの時期に結婚したんだろう?
当時、私の結婚報告を受けた親友も不安がっていた。
「私なら、経済的に安定してから結婚するな」 率直に話してくれた子も居た。
私たちが結婚したのは夫が柔道整復師の専門学校(夜間で3年間)入学直前。結婚した翌月から、毎月夜間学校の費用(10万円/月)が発生する事や、夫がフルタイム働けない為夫の給料もそれなりということを、まだまだ青かった私は軽視し過ぎていた。お金は、最初の数年は私が大黒柱でバリバリと働けば何とかなるだろう。子供は3,4年後に産めたらいいな、そう思っていた。
所が、結婚後3回目の生理が来る事は無かった。妊娠を知ってから毎晩泣いた。私が働けなくなったらどうやって生活すればいいんだろう。こんな私が親になるのは早すぎる。一体、どうすればいいんだろう?
妊娠という予定外のハプニングにより、私が数年続けて働く計画は崩れ落ちた。さあどうする? 授かった命の息の根を止める選択肢は私にはなかった。1週間毎晩泣いた末、やるしかない!こうなったのは自分の責任だもの。どうにかなるさ! と奮い立った。とは言え、妊娠性ヒステリーで泣く事が非常に多い妊婦生活だった。満員電車に揺られながらお腹を必死に守る日々が続いた。
迷った挙句、務めている会社は一旦退職することにした。残業が多く、復帰した際に同じペースで仕事をする自信が無かったし、職場の事を常に気に掛けながら子育てをするのが嫌だったから。退職したわずか1か月後に長男が誕生した。それからは私の少ない貯金を少しずつ切り崩しながらの生活。夫は、日中の整骨院での仕事に加え、学校後に夜間訪問マッサージのバイトに出かけた。お金も少ない、夫の育児協力もない。そんな中で私は第一子の子育てをしたが、今振り返ると「毎日が濃密な赤ちゃんと私の日々」として記憶に残っている。
話がずれたが、結婚してから結局6年間、夫が夜間学校に通っていたのだ。そしてこの6年間ずっと、毎月10万円の学費を支払い、途中更に鍼灸の入学金200万円も新たに借り入れた。結婚当初は柔整のみ3年間という約束だったのが予定変更となり、鍼灸あんまマッサージも続けて3年間通うことになった。これについては当然何度も言い争いがあり、それについてはまた書こう。