仮想が生み出すもの

人間が発達させてきた仮想化する能力ですが、コンピューターの黎明期から仮想記憶などで設計思想に取り入れられていたと聞くと意外かもしれません。現在では、シミュレーションエミュレーションVR(仮想現実)AR(拡張現実)MR(複合現実)SR(代替現実)など仮想と現実を繋ぐ多様な技術に進歩しているようなので仮想をテーマに考察していこうと思います。

●仮想

考察に入る前に言葉について整理します。

  • 「仮想」とは、実際には、ない物事を仮にあるものとして考え想定することです。
  • 仮想化」とは、コンピューターの物理資源を抽象化することです。
  • 「仮」とは、一時的な、かりの、実体がないことです。
  • 「想」とは、心の中の思い、考えです。

仮想は、心の中に生じる実体がない思いや考え想像などを意味しているようです。ここで気になるのが「実体がない」の定義です。「実体がない」とは、今ある隠れた実体を認識できないのか、過去にあった実体が今ない残滓なのか、今はないが未来に実体があるのか、本当に実体がないのかです。「仮想化」は、コンピューター用語なので意味が少し異なりますがコンピューターの物理資源は、実体がありその物理的特性を論理資源に抽象化することでエンドユーザーなどに理解しやすくまた扱いやすくする技術です。

 

例えば、スマートフォン、パソコン、ATMなどを利用する人が電話、情報検索、ネットで買い物、ATMで預金を引き出す場合そのサービスが何処の回線を経由し何処のサーバーでどのように情報処理されるかなど物理資源の実体を認識することなく端末を手順に沿って操作するだけでサービスが完結します。利用者の人間にとっては、抽象化(仮想化)されたほうが利便性は向上しています。

◇仮想が実体を生み出す

我々は、心の中に生じる実体がない思いや考え想像などを毎日無数にしています。その中で強い動機のあるものは未来に実体化する可能性があり、既にある隠れた実体を認識し発見や発明と定義したり、過去にあった実体の想いの残滓を連想したり、一時的に生じた空想で実体の伴わないものもあると考えられます。人が仮想能力を持っていなければ実体と一致した思考、感情、欲求しか持てなくなり発明や進歩は、大幅に後退していたと考えられます。人間が持つ仮想能力とは、既知の認識できる実体から離れ思考の幅を拡張していく能力とも言えるかもしれません。

●実体が仮想に接触する

前記で仮想が実体に接触することなどについで考察しましたが逆向きの実体が仮想に接触することについて考察していこうと思います。

◇触り感じられる仮想

人間とコンピューター間を接続するVRデバイスヘッドマウントディスプレイデータグローブなど)を使用するとコンピューター内にCG(コンピューターグラフィックス)で作成された仮想の構造物を手に持ち感触を得たりできるようになってきました。このCGは、コンピューターの記憶装置に二進数で電子的に記録されているデータとプログラムによって表示されています。映画やゲームなどで作成されるCGは、実物と区別がつかないほど精緻化されておりVRデバイスが進歩していくと仮想と現実の違いがわからないような体験ができるようになるかもしれません。

◇人の感じられる仮想

人も過去の体験により作成された記憶の再生という感じられる仮想を持っています。コンピューターの仮想と異なる点は、追加、変更、削除、表示など明確な操作方法やコマンドが準備されておらず無意識の自動的な追体験反応になってしまうことが多いことです。

◇人が記憶を容易に操作できない理由

記憶、能力、技能、反応パターン(癖、習慣)を得るときに人は、失敗しながらも反復し強化され大部分は、潜在記憶の自動反応プログラムとして定着していきます。次に呼び出されるのは、「記憶」で触れたように五感から入る刺激が反応スイッチに適合したときで潜在記憶の自動反応プログラムは、細部が意識化されず自動的に再生・実行されます。(最近の出来事で短期記憶に残っている場合や強い印象の出来事は、細部を意識化できるものもあります。)「心の機能」で触れましたが潜在記憶の自動反応プログラムで普段起きる物事の大部分を意識化せずに自動反応処理するメリットは、細かい物理資源処理を潜在意識に委譲し抽象化(仮想化)することで顕在意識が別の課題に思考資源を割り当てられることだと考えられます。デメリットは、潜在記憶の自動反応プログラムの細部に関与できないことです。

 

例えば、あの時なんであんなこと言ったり態度をとってしてしまったんだろうと反省したり、他者に何であんなこと言ったり態度をとったりしたのと指摘され驚いた経験があるかもしれません。

 

このように自動反応のトリガーが何でどのように反応したかを意識化できなければ、潜在記憶の自動反応プログラムを追加、変更、削除したりすることが困難であることが分ります。

●仮想の共有

人の仮想とコンピューター内の仮想をVRデバイスで接続することで情報が共有され感覚フィードバック(視覚、聴覚、触覚など)技術により遠隔操縦の無人航空機ロボット支援手術、脳や神経の信号を電気的に読み取りロボットや義肢を動かすシステムなども実用化されつつあります。また人と人の仮想の共有も仮想空間(ニュース、動画、SNSなど)で情報が共有され拡大し続けています。

◇仮想の共有・拡大がもたらすもの

人間は、他者が発見・発明した知識や技術を理解・記憶・利用し他者の感情や欲求に共感する能力があります。巨大で多様な仮想空間へ接続し共有する技術が進歩し人は、空間、時間、物質などの制約を超え情報を共有できるようになり欲しい物や情報は、すぐに手に入り利便性が飛躍的に向上してきました。一方で地球の裏側で起こる出来事に一喜一憂したり遠い他国の環境条件が異なる企業とサービスや商品で競合する状態になり疲弊することも多くなりました。大都会で毎日何千何万とすれちがう人々全員に挨拶し仲良くなることなど不可能なようにニュースやSNSで流れ去る他者の過去の現実(実体の残滓:仮想)に感情反応し過ぎるのも有限な時間に生きる我々にとっては、利便性に付帯する弊害とも考えられます。

◇選択的な仮想の共有

他者から無関心と思われるのも取り残されるのも好奇心を満たす利便性を手放すのも嫌であるならば、自己の有限な資源(時間、思考、感情、欲求、行動など)を拡大しつながり過ぎた仮想を望む方向へ選択的に振り向ける必要がありそうです。

●仮想と利便性

これまで技術の進歩による仮想と現実(実体)や仮想と仮想の接続・拡大・共有・利便性・影響などについて考察してきました。そして人間は、現実(実体)の物理的特性を論理資源に仮想化する技術を進歩させ利用効率や利便性を追求し続けています。これらは、利用するサービス、製品、作品、道具などの物理的特性やメカニズムを詳しく知らなくても利用技術(操縦、操作、用途など)さえ習得すれば人類の長年にわたる基礎研究や発見、発明、開発の成果を容易に享受できるようになったことを意味します。

◇自身の利便性

外部の仮想化による利便性の追求や進歩よりはるか以前に、暗記・模倣・試行錯誤で潜在意識下に人体の物理的特性を自動反応プログラミングするという内部の仮想化は、存在していたと考えられます。

 

例えば、歩く、話す、文字の読み書き、乗り物に乗る、歯を磨くなど最初は、できなかったことでも暗記・模倣・試行錯誤を意識的に繰り返すことで習得(自動反応プログラミング)したものは、別のことを考えながらでも同時できるようになります。

●利便性に適応した結果

◇能力の拡張

人間は、内部(脳機能の潜在意識)と外部(コンピューター)の仮想化で個体の能力を拡張し効率性と利便性を追求しています。しかし仮想化は、物理資源の実体や動きを抽象化ブラックボックス化)することで空間、時間、物質などの制約を超え自他の実体境界を連続的につなげるため近接感覚という錯覚を生じさせます。そして仮想化システム内で実現されている情報・サービス・機能を自己の延長と感じ当事者・第三者・権利・責任・問題の識別が曖昧になり過敏に反応することになります。それでも仮想化による効率性・利便性は、強力でスマートフォンのアプリケーションをダウンロードし様々な情報・サービス・機能を追加・拡張できるように、やがて人間の内部の仮想化システムへのアクセスも暗記・模倣・試行錯誤の繰り返しという原始的な方法から変化していく可能性があります。

◇仮想化の依存

仮想化がもたらす効率性・利便性は、強力でそれを構成するITは現代のライフラインの一つとなりその依存度も増大していくと考えられます。しかし弊害も比例して増大していくため更に考察していく必要性がありそうです。

●失われたものメモ

仮想化による効率性・利便性の追求は、依存と弊害を内包すると同時に使われないある能力の衰退をもたらしました。それは、衰退による自己忘却で埋没し眠りについている真の自己です。昔から暗喩で主の帰還(酔っ払いや追剥・城・使用人・主人)や馬車(馬・馬車・御者・主)など登場する人や物との関係性で象徴表現されている真我(アートマン)に近い概念だと考えられます。これらの暗喩による象徴表現の目的を解読するには、鍵が必要となりますが手がかりになる本を文末に2冊紹介しておきます。

 

真の自己が衰退により自己忘却し眠りについているとするならば、今自分が主人と思い込んで起きている夢を見続けている心とはいったいなんなのでしょうか?

ここで現実の物事を五感から入る刺激情報により忙しく自動追体験反応している心という仮の主人は、暗喩の使用人や御者、コンピューターでのOSに相当しているのではないかという疑念が湧いてきます。

そしてなぜ真の自己(アートマン、暗喩の主人や主)が衰退し自己忘却し何処で眠り続けているのでしょうか?

紹介した本の中でも真の自己(アートマン、暗喩の主人や主)を眠りから呼び覚ます具体的な実践方法については、記述されていません。しかし真の自己(アートマン、暗喩の主人や主)と仮の主人(暗喩の使用人や御者、コンピューターでのOS)を識別することの重要性については、書かれています。

●まとめ

仮想の考察でポジティブな側面として効率性・利便性やネガティブな側面として広がり繋がり過ぎによる自他境界を見失う弊害や衰退した真の自己などを考察してきました。

未来への期待感や過去に起きた謎・疑問・課題などが残る形になりましたが、仮想をテーマにした考察を終えます。

 

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