自然は、寛大で過失をとがめたりせず無条件に許し与えて人を受け入れます。

一方人間は、条件付で他者を受け入れそれから外れた者をとがめたり罰したり嫌ったりします。
人間は、行き過ぎた完全性の追求の結果、合理的、効率的な社会システムを作り自らを縛りつけ寛容さを失い生き辛さを感じているのではないでしょうか。

個人レベルでは、自分自身の不完全性を忘れ他者の中に不完全性を見つけ出しては、否定したり嫌ったりし完全性を求めるのは何故なのでしょうか。

実は、自分自身の中にある不完全性を他者の中に投影された不完全性の類似点(鏡に映る自分の影)を見て否定したり嫌っているのです。

この仕組みは、プラトンの洞窟の比喩を解読する一つの鍵であり寛容になるための鍵でもあります。

我々は、生まれてから何度も失敗し転びながら立つことを覚えた不完全な存在です。成功は、失敗の上にあるごく一部なのです。

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