【アメリカの中距離核全廃条約からの離脱は、日本への中距離核弾道ミサイルの配備、さらに中国と日本との間の地域的核戦争につながることについて】

トランプ大統領が、アメリカがINF条約(中距離核全廃条約)から離脱することを発表しました。これは、冷戦終了以来、最も大きな軍事的・戦略的構造変化を生み出すことになります。ヨーロッパおよびアジアにおいて、実際に核戦争が起こる可能性がきわめて高くなります。

アメリカは、1987年に旧ソ連と締結したINF条約 (中距離核全廃条約) により、これまで地上発射型の中距離弾道ミサイル・巡航ミサイルの配備を禁止されてきました。同条約の効力はヨーロッパだけでなく、アジアにも及んでいます。INF条約は、その後、ロシアに引き継がれ、アメリカとロシアは同条約の拘束を受けています。

もし、アメリカがINF条約から離脱すると、アメリカは、ヨーロッパにおいて、そして、アジアにおいて、地上発射型の中距離核弾道ミサイル・巡航ミサイルの配備を行うことが可能となります。

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ソ連のSS-20中距離核弾道ミサイル

中距離核弾道ミサイルよりも射程の長い、いわゆる大陸間核弾道ミサイル(長距離核弾道ミサイル)は、アメリカやロシア、中国の全土を射程に収めており、もし大陸間核弾道ミサイルが使用されれば、アメリカ本土やロシア本土、中国本土が壊滅することになります。そのため、大陸間核弾道ミサイルが実際に使われる可能性は低くなります。

これに対し、中距離核弾道ミサイルは、ヨーロッパやアジアなど、限定された地域のみを射程に収めます。そのため、実際に使用される可能性がきわめて高くなります。

フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国は、今回のアメリカの発表を強く批判しています。かつて、1970年代後半から1980年代にかけてアメリカとソ連がヨーロッパに中距離核弾道ミサイルを配備したとき、西ドイツを始めとするヨーロッパ諸国で猛烈な反対運動が起こりました。それが1987年のINF条約の締結につながりました。

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1983年、西ドイツにおける中距離核弾道ミサイル配備反対闘争

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1987年のINF条約調印式

今回も、フランスやドイツは、自国内へのアメリカの中距離核弾道ミサイル配備を許さないと思われます。そのため、アメリカは、INF条約離脱後、ヨーロッパにおいては、ポーランドやルーマニアなど東ヨーロッパ諸国に中距離核弾道ミサイルを配備することになると思われます。もし仮に中距離核弾道ミサイルが使用されることになっても、壊滅するのは、ポーランドやルーマニアとロシアになるからです。

一方、アジアにおいて、アメリカは、日本や韓国に中距離核弾道ミサイルを配備することになると思われます。その場合、もし仮に中距離核弾道ミサイルが使用されることになっても、壊滅するのは、日本や韓国と中国になるからです。

今回、トランプ大統領は、INF条約からの離脱を発表するにあたり、その理由として、ロシアがヨーロッパにおいて地上発射型の巡航ミサイルを配備していること、そして、中国が多数の地上発射型中距離弾道ミサイルを配備していることを指摘しています。

アメリカは、これまでINF条約の制約を受け、アジアにおいて、地上発射型の中距離核弾道ミサイル・巡航ミサイルを配備出来ませんでした。アジアにおいて、アメリカが配備出来るのは、イージス艦や潜水艦から発射される「海上発射型の弾道ミサイル・巡航ミサイル」と攻撃機や爆撃機から発射される「空中発射型の巡航ミサイル」だけでした。

これに対し、中国はINF条約の締約国ではなく、同条約の拘束を受けません。このため、中国は、本土防衛のため、過去20年間にわたり、地上発射型の中距離弾道ミサイル・巡航ミサイルの配備を継続し、いまや日本全土から東シナ海、南シナ海におよぶ広大な地域を射程に収める1000発を超える中距離弾道ミサイル・巡航ミサイルを配備しています。いわゆる「接近阻止/領域拒否戦略(A2/AD)」です。その結果、アメリカは、アジアにおいて、中国に対し、軍事的に不利な状況になりつつあります。[1]

そのため、アメリカは、アジアにおいて、中国の中距離弾道ミサイルに対抗し、地上発射型の中距離核弾道ミサイルを配備しようと計画しているものと思われます。あるいは、中国も締約国となる、新しいINF条約の締結を目指しているのかも知れません。

しかしながら、もしアメリカがINF条約から離脱し、アジアにおいて、地上発射型の中距離核弾道ミサイルの配備を開始すれば、ロシアがアジアにおいても地上発射型の中距離核弾道ミサイルを配備するだけでなく、中国もさらに多数の地上発射型中距離核弾道ミサイルを配備することになるでしょう。アジアにおける中距離核弾道ミサイルの配備競争が激化することになります。

現在、日本では、琉球列島および奄美諸島において自衛隊のミサイル基地建設が急ピッチで進められています。これらの基地は完成したのち、日米共同使用となり、アメリカの中距離核弾道ミサイルが配備されることになるかも知れません。[2]

あるいは、アメリカは、日本本土各地の米軍基地あるいは自衛隊基地(共同使用)に中距離核弾道ミサイルを配備することになるかも知れません。[3]

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アメリカのパーシング II 中距離核弾道ミサイル

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奄美大島・大熊地区において建設中の自衛隊駐屯地
(写真出典: 小西誠さんの2018年9月1日付ブログ記事「軍事要塞に変貌する奄美―種子島(馬毛島)―薩南諸島」)[4]

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奄美大島・瀬戸内町において建設中の自衛隊駐屯地
(写真出典: 小西誠さんの2018年9月1日付ブログ記事「軍事要塞に変貌する奄美―種子島(馬毛島)―薩南諸島」)

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宮古島において建設中の自衛隊駐屯地
(写真出典: 小西誠さんの2018年9月7日付ブログ記事「政府は、自衛隊全体を「災害派遣部隊」として根本から再編成せよ」)[5]

いずれにせよ、日本にアメリカの中距離核弾道ミサイルが配備されれば、それらが実際に使用される可能性はきわめて高くなります。なぜなら、たとえ中距離核弾道ミサイルが使用されても、壊滅するのは中国と日本であり、アメリカ本土は戦火を免れるからです。

現在、アメリカは、アメリカ自らが中国やロシアと戦うのでなく、地域の同盟国を中国やロシアと戦わせ、自らは後方から指令を出す、いわゆるオフショア・バランシング戦略を進めています。中国と日本の間で地域的な核戦争を起こさせることは、まさにオフショア・バランシング戦略の具体化になります。[6]

日米安保条約は、アメリカが日本を防衛することを義務付けていますが、地域的な核戦争において、中距離核弾道ミサイルはわずか数分で着弾します。アメリカが日本を防衛することは出来ません。

アメリカの核の傘は機能しません。逆に、アメリカの中距離核弾道ミサイルが中国との地域的核戦争を誘発することになります。

日本への中距離核弾道ミサイル配備を阻止するため、日本国民のみなさんは強力な反対運動を展開する必要があります。

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1983年、西ドイツにおける中距離核弾道ミサイル配備に反対する長さ110キロに及ぶ人間の鎖


参照資料:
(1) The US-China Military Scorecard, RAND Corporation, 2015

(2) "Why America Leaving the INF Treaty is China's New Nightmare" by Nathan Levine, October 22nd 2018, The National Interest

(3) 「新田原に米軍弾薬庫 有事受け入れで政府検討」、2018年10月23日、宮崎日日新聞

(4) 小西誠さんの2018年9月1日付ブログ記事「軍事要塞に変貌する奄美―種子島(馬毛島)―薩南諸島」

(5) 小西誠さんの2018年9月7日付ブログ記事「政府・自衛隊は、イージス・アショア、自衛隊の南西シフト態勢などの大軍拡を直ちに中止し、自衛隊全体を「災害派遣部隊」として根本から再編成せよ。」

(6) "The Case for Offshore Balancing - A Superior U.S. Grand Strategy" by John J. Mearsheimer and Stephen M. Walt, Foreign Affairs, July/August 2016 Issue