【アメリカのイラン核合意からの離脱とドイツ、フランス、イギリス、中国、ロシアの結束の可能性について】
1. アメリカのイラン核合意からの離脱
トランプ大統領が、イラン核合意からの離脱を表明しました。
トランプ政権は、イランとの核合意は、イランにウラン濃縮技術の保有を認め、また、弾道ミサイルの開発も許しているため不十分だという立場です。トランプ政権は、イランに対し、ウラン濃縮技術を放棄させて、完全な非核化を求めるとともに、弾道ミサイルの開発も中止させるつもりのようです。
同時に、トランプ政権からは、米朝首脳会談について非常に楽観的な見通しが聞こえてきます。北朝鮮が即時非核化を受け入れれば、アメリカが北朝鮮へ経済支援を行い、投資も行うとまで表明しています。トランプ政権は、北朝鮮の問題を一段落させた上で、イランの封じ込めに専念したいと思っているのかも知れません。
イランとの核合意が破棄されれば、イランの核開発・弾道ミサイル開発が何らの制約も受けず、野放しになる恐れがあります。イスラエル、サウジアラビアとの対立が激化します。
トランプ大統領は、大統領選挙において、アメリカの石油・ガス産業から強力な支援を受けました。中東情勢が不安定化することは、原油・天然ガス価格を上昇させ、アメリカの石油・天然ガス会社の利益につながります。トランプ大統領によるイラン核合意からの離脱は、国際社会の利害や安全を犠牲にし、アメリカの利益のみを追求した、まさにアメリカ・ファーストの措置だと思います。

ドイツのVW、フランスのルノー、トタル、エアバスなどの企業はイランとの大型契約を有していますが、アメリカは、イランと取引する企業には、制裁を課するとしています。ドイツ、フランス、イギリスが、単独で、イラン核合意を維持することは困難です。[1]
2. イラン核合意の維持とドイツ、フランス、イギリス、中国、ロシアの結束の可能性
このような状況の下で、イラン核合意が維持されるか否か、さらに言うと、アメリカが中東情勢、アジア情勢で主導権を持つことが出来るかどうかは、イラン核合意のアメリカ以外の締結国である、ドイツ、フランス、イギリス、中国、ロシアの5カ国が、どれだけ結束出来るかにかかっていると思います。
たとえば、今回のアメリカのイラン核合意からの離脱により、中国は、イランからの原油の輸入代金の支払いに、ドルでなく、中国元を使うことになりそうです。ドルを決済代金に使うと、アメリカの銀行を経由する必要があるからです。中国は、すでにロシアからの原油の輸入に関し、中国元による決済システムを確立しているそうです。また、中国は、過去に経済制裁下のイランから原油を輸入し、国内のBank of Kunlun Co Ltd (昆仑银行) を通じ、中国元およびユーロを使って、数百億ドルの代金決済を行った実績があるそうです。[2][3][4]
中国の協力により、同様のドルに頼らない決済システムが、EUとイランとの間でも構築出来るかも知れません。
さらに、EUと中国との間でも、ドルに頼らない決済システムが構築出来るかも知れません。それは、基軸通貨としてのドルの地位が低下することにつながります。[5]
(追記: 報道によると、EUは、イランから輸入した原油その他の商品の代金を、EU各国政府からイラン国立銀行へ直接送金することを検討しているそうです。この場合、アメリカの銀行を経由せずに、代金決済を行うことが出来ます。ちなみに、アメリカは、すでにイラン国立銀行総裁を個人として、制裁の対象にしているそうですが、アメリカが、イラン国立銀行自体を制裁の対象にすることはないだろうとのことです。もしアメリカが、イランの国家機関であるイラン国立銀行自体を制裁の対象にしたら、イランは、これを戦争行為とみなし、ペルシャ湾の封鎖などを行うことになるでしょう。[6]
さらに、インドも、イランからの原油の輸入代金の支払いに、ドルでなく、インド・ルピーを使うことを検討しているそうです。アメリカの銀行を使わずに、代金決済を行うことが出来ます。一部バーター取引も行うそうです。[7])

なお、仮にドルに頼らない決済システムを構築出来ても、ドイツのVWや、フランスのルノー、トタル、エアバスに対し、アメリカが直接制裁を課すことを防ぐことは出来ません。ただし、もしアメリカが、これらの企業に制裁を課した場合、中国が、自国市場で、VWやルノーの電気自動車のシェアを増やし、アメリカの電気自動車のシェアを減らすことが可能かも知れません。また、アメリカのボーイングからの旅客機の購入を減らし、エアバスからの旅客機の購入を増やすことが出来るかも知れません。
あるいは、ドイツ、フランス、イギリス、ロシア、中国のいずれかの国々が、協力して、アメリカの企業、または、イスラエルの企業に対して、何らかの制裁を課すことが可能かも知れません。
さらに、米朝首脳会談が決裂し、北朝鮮問題の緊張が再び高まる事態が起こるかも知れません。その場合、アメリカは、東アジアと中東の二正面の緊張に同時に対応することを強いられるため、アメリカの取り得るオプションは非常に狭められることになります。たとえば、アメリカが、東アジアと中東に、同時に、多数の空母打撃群や戦略爆撃機を展開することは不可能です。
3. 中長期における、EUと中国、ロシアの結束とアメリカの孤立化の可能性
中国は、中国とヨーロッパ諸国の経済的結び付きを強める「一帯一路」政策を進めています。ロシア、イランは、一帯一路に協力することを表明しています。今回のアメリカのイラン核合意からの離脱は、これらの国々の政策担当者に、様々な協力の可能性を検討するきっかけを与えていると思います。
今すぐに、ドイツ、フランス、イギリス、ロシア、中国が結束して、迅速に行動を取ることは難しいかも知れません。制度の試行・整備には時間がかかります。新たな立法や法改正も必要となるでしょう。しかしながら、トランプ政権による強引なアメリカ・ファーストの外交政策が続く場合、中長期的には、EU諸国が中国・ロシアに接近し、EU諸国と中国・ロシアの結束が強まることにつながると思われます。[8][9]
アメリカの軍事力・経済力が相対的に低下して行く状況の下で、アメリカが、従来の寛容性を失い、自国の軍事力・経済力を、他国の利害を省みず、アメリカの利益のみを追求するために使うなら、それは、国際社会におけるアメリカの孤立につながると思われます。
参照資料:
(1) "US threatens European companies with sanctions after Iran deal pullout", May 13th 2018, The Guardian
(2) "Iran oil sanctions could advance China's petro-yuan", May 10th 2018, Reuters
(3) "China’s Bid to Upend the Global Oil Market", January 18th 2018, Foreign Policy
(4) "Exclusive: Iran asks Chinese oil buyers to maintain imports after U.S. sanctions - sources", May 16th 2018, Reuters
(5) "Iran Sanctions Threaten The Petrodollar", May 15th 2018, Business Insider
(6) "EU considers Iran central bank transfers to beat U.S. sanctions", May 18th 2018, Reuters
(7) "India & Iran drop dollar in oil trade to bypass US sanctions", May 30th 2018, RT News
(8) "Trump's Iran plans driving EU toward Russia and China", October 12th 2017, Reuters
(9) "Merkel: Europe can no longer rely on US protection", May 10th 2018, The Hill
1. アメリカのイラン核合意からの離脱
トランプ大統領が、イラン核合意からの離脱を表明しました。
トランプ政権は、イランとの核合意は、イランにウラン濃縮技術の保有を認め、また、弾道ミサイルの開発も許しているため不十分だという立場です。トランプ政権は、イランに対し、ウラン濃縮技術を放棄させて、完全な非核化を求めるとともに、弾道ミサイルの開発も中止させるつもりのようです。
同時に、トランプ政権からは、米朝首脳会談について非常に楽観的な見通しが聞こえてきます。北朝鮮が即時非核化を受け入れれば、アメリカが北朝鮮へ経済支援を行い、投資も行うとまで表明しています。トランプ政権は、北朝鮮の問題を一段落させた上で、イランの封じ込めに専念したいと思っているのかも知れません。
イランとの核合意が破棄されれば、イランの核開発・弾道ミサイル開発が何らの制約も受けず、野放しになる恐れがあります。イスラエル、サウジアラビアとの対立が激化します。
トランプ大統領は、大統領選挙において、アメリカの石油・ガス産業から強力な支援を受けました。中東情勢が不安定化することは、原油・天然ガス価格を上昇させ、アメリカの石油・天然ガス会社の利益につながります。トランプ大統領によるイラン核合意からの離脱は、国際社会の利害や安全を犠牲にし、アメリカの利益のみを追求した、まさにアメリカ・ファーストの措置だと思います。

ドイツのVW、フランスのルノー、トタル、エアバスなどの企業はイランとの大型契約を有していますが、アメリカは、イランと取引する企業には、制裁を課するとしています。ドイツ、フランス、イギリスが、単独で、イラン核合意を維持することは困難です。[1]
2. イラン核合意の維持とドイツ、フランス、イギリス、中国、ロシアの結束の可能性
このような状況の下で、イラン核合意が維持されるか否か、さらに言うと、アメリカが中東情勢、アジア情勢で主導権を持つことが出来るかどうかは、イラン核合意のアメリカ以外の締結国である、ドイツ、フランス、イギリス、中国、ロシアの5カ国が、どれだけ結束出来るかにかかっていると思います。
たとえば、今回のアメリカのイラン核合意からの離脱により、中国は、イランからの原油の輸入代金の支払いに、ドルでなく、中国元を使うことになりそうです。ドルを決済代金に使うと、アメリカの銀行を経由する必要があるからです。中国は、すでにロシアからの原油の輸入に関し、中国元による決済システムを確立しているそうです。また、中国は、過去に経済制裁下のイランから原油を輸入し、国内のBank of Kunlun Co Ltd (昆仑银行) を通じ、中国元およびユーロを使って、数百億ドルの代金決済を行った実績があるそうです。[2][3][4]
中国の協力により、同様のドルに頼らない決済システムが、EUとイランとの間でも構築出来るかも知れません。
さらに、EUと中国との間でも、ドルに頼らない決済システムが構築出来るかも知れません。それは、基軸通貨としてのドルの地位が低下することにつながります。[5]
(追記: 報道によると、EUは、イランから輸入した原油その他の商品の代金を、EU各国政府からイラン国立銀行へ直接送金することを検討しているそうです。この場合、アメリカの銀行を経由せずに、代金決済を行うことが出来ます。ちなみに、アメリカは、すでにイラン国立銀行総裁を個人として、制裁の対象にしているそうですが、アメリカが、イラン国立銀行自体を制裁の対象にすることはないだろうとのことです。もしアメリカが、イランの国家機関であるイラン国立銀行自体を制裁の対象にしたら、イランは、これを戦争行為とみなし、ペルシャ湾の封鎖などを行うことになるでしょう。[6]
さらに、インドも、イランからの原油の輸入代金の支払いに、ドルでなく、インド・ルピーを使うことを検討しているそうです。アメリカの銀行を使わずに、代金決済を行うことが出来ます。一部バーター取引も行うそうです。[7])

なお、仮にドルに頼らない決済システムを構築出来ても、ドイツのVWや、フランスのルノー、トタル、エアバスに対し、アメリカが直接制裁を課すことを防ぐことは出来ません。ただし、もしアメリカが、これらの企業に制裁を課した場合、中国が、自国市場で、VWやルノーの電気自動車のシェアを増やし、アメリカの電気自動車のシェアを減らすことが可能かも知れません。また、アメリカのボーイングからの旅客機の購入を減らし、エアバスからの旅客機の購入を増やすことが出来るかも知れません。
あるいは、ドイツ、フランス、イギリス、ロシア、中国のいずれかの国々が、協力して、アメリカの企業、または、イスラエルの企業に対して、何らかの制裁を課すことが可能かも知れません。
さらに、米朝首脳会談が決裂し、北朝鮮問題の緊張が再び高まる事態が起こるかも知れません。その場合、アメリカは、東アジアと中東の二正面の緊張に同時に対応することを強いられるため、アメリカの取り得るオプションは非常に狭められることになります。たとえば、アメリカが、東アジアと中東に、同時に、多数の空母打撃群や戦略爆撃機を展開することは不可能です。
3. 中長期における、EUと中国、ロシアの結束とアメリカの孤立化の可能性
中国は、中国とヨーロッパ諸国の経済的結び付きを強める「一帯一路」政策を進めています。ロシア、イランは、一帯一路に協力することを表明しています。今回のアメリカのイラン核合意からの離脱は、これらの国々の政策担当者に、様々な協力の可能性を検討するきっかけを与えていると思います。
今すぐに、ドイツ、フランス、イギリス、ロシア、中国が結束して、迅速に行動を取ることは難しいかも知れません。制度の試行・整備には時間がかかります。新たな立法や法改正も必要となるでしょう。しかしながら、トランプ政権による強引なアメリカ・ファーストの外交政策が続く場合、中長期的には、EU諸国が中国・ロシアに接近し、EU諸国と中国・ロシアの結束が強まることにつながると思われます。[8][9]
アメリカの軍事力・経済力が相対的に低下して行く状況の下で、アメリカが、従来の寛容性を失い、自国の軍事力・経済力を、他国の利害を省みず、アメリカの利益のみを追求するために使うなら、それは、国際社会におけるアメリカの孤立につながると思われます。
参照資料:
(1) "US threatens European companies with sanctions after Iran deal pullout", May 13th 2018, The Guardian
(2) "Iran oil sanctions could advance China's petro-yuan", May 10th 2018, Reuters
(3) "China’s Bid to Upend the Global Oil Market", January 18th 2018, Foreign Policy
(4) "Exclusive: Iran asks Chinese oil buyers to maintain imports after U.S. sanctions - sources", May 16th 2018, Reuters
(5) "Iran Sanctions Threaten The Petrodollar", May 15th 2018, Business Insider
(6) "EU considers Iran central bank transfers to beat U.S. sanctions", May 18th 2018, Reuters
(7) "India & Iran drop dollar in oil trade to bypass US sanctions", May 30th 2018, RT News
(8) "Trump's Iran plans driving EU toward Russia and China", October 12th 2017, Reuters
(9) "Merkel: Europe can no longer rely on US protection", May 10th 2018, The Hill