【南シナ海における日中軍事衝突の可能性について】

報道によると、中国政府は、今年の6月下旬、程永華大使を通じ、日本政府に対し、もし自衛艦を南シナ海に派遣し、アメリカが行っている航行の自由作戦に参加するようなことがあれば、それは、RED LINE (越えてはならない一線) を越えることになる、その場合は、軍事衝突もあり得る、と警告していたそうです。[1]

オランダ・ハーグの常設裁判所は、7月12日、フィリピンが南シナ海の問題について提訴した事案に関し、仲裁裁定を出しました。しかしながら、同裁定は、領有権に関して一切判断しませんでした。また、主権の存在を根拠付ける歴史的権原についても判断しておらず、今後、外交交渉を通じ、南シナ海の"個々の島礁"に関し、中国の領有権が認められる可能性があります。[2][3]

ちなみに、海洋法上、公海において、平和目的で人工島を建設することは自由です(国連海洋法条約87条)。ただし、岩の上に人工島を建設しても、排他的経済水域(200カイリ)は認められず、領海(12カイリ)が認められるだけです。また、満潮時に水没する岩礁の上に人工島を建設しても、領海は認められません。

すでにフィリピンの大統領は、本件を提訴した対中国強硬派のアキノ大統領から対中国宥和派のドゥテルテ大統領に代わっています。ドゥテルテ大統領は、元フィリピン大統領のフィデル・ラモス氏を特使として中国に派遣、中国とフィリピンとの間で話し合いが始まっています。漁業権の配分や海底資源の共同開発についての話し合いが行われていくものと予想されています。[4]

また、中国とASEANとの間では、南シナ海における行動規範を策定する話し合いが行われており、来年2017年の合意を目指しています。ASEANメンバーには、フィリピンやベトナムも含まれているため、行動規範の策定は、南シナ海における紛争の防止に資するものと思われます。[5]

一方、南シナ海は、軍事的にも、非常に重要な地域となってきています。

エアシーバトル・ドクトリンによると、アメリカは、中国との紛争の際、南シナ海で中国に対し海上封鎖を行うことになっています。今後安保法制が存続すれば、その場合、日本の自衛艦も、集団的自衛権に基づき、海上封鎖に参加することになるでしょう。[6]

また、南シナ海に面する海南島には中国の戦略型潜水艦・攻撃型潜水艦の基地があり、これまでも、アメリカの偵察機と中国の戦闘機が空中衝突を起こすなど、軍事上きわめて緊張した地域となっています。(2001年、海南島事件)

今月発足した安倍改造内閣において、タカ派の稲田朋美氏が防衛大臣に任命されました。今回の常設裁判所裁定をひとつの根拠として、稲田防衛大臣は南シナ海へ自衛艦を派遣する決定を行うかも知れません。しかしながら、それは、問題の解決につながらず、かえって問題を悪化させることにつながるだけでしょう。

南シナ海における緊張は、中国とアメリカという二つの大国の対立が背景となって発生しているものです。平和が維持されるためには、中国とアメリカが対話を行い、多極化を前提とした、建設的な二国間関係を築いて行くことが必要であると思います。日本は、外交的に、中国とアメリカとの間の話し合いを促進する役割を果たすべきであると思います。


参照資料:
(1) "China called SDF dispatch to South China Sea ‘red line,’ hinted at military action if sent", The Japan Times, August 21st 2016

(2) UNCLOS Arbitral Tribunal Complete Set of Full Text PDF Documents—PCA Case No. 2013-19 – The South China Sea Arbitration (The Republic of the Philippines v. The People’s Republic of China)

(3) "Shaping China’s Response to the South China Sea Ruling", Bonnie S. Glaser, The National Interest, July 18th 2016

(4) "China, Philippines ‘look forward’ to talks on disputes – Former Philippines President Ramos", Update Philippines, August 12th 2016

(5) "China, ASEAN eye South China Sea code of conduct in 2017", Nikkei Asian Review, August 17th 2016

(6) "AirSea Battle", Center for Strategic and Budgetary Assessments, 2010
(中国との紛争の際の、アメリカ軍による海上封鎖に関しては、本レポート76ページの「Implementing “Distant Blockade” to Interrupt Chinese Commerce」以降に詳述されています。)