【通常国会において、野党が具体的な対案を示す必要性について】

安倍首相は、2月12日の施政方針演説において、「集団的自衛権」という言葉を一度も使いませんでした。安全保障法制が、今国会の最大の焦点であるにもかかわらずです。

与党政権は、野党・国民の批判を恐れているのかも知れません。このため、集団的自衛権に関する法案の提出を、統一地方選挙のあとに延ばした上で、短い国会審議のあと、安定多数を背景に、安保法制を強行採決する予定なのかも知れません。また、憲法改正への動きが本格化することも予想されます。

与党政権の独走にブレーキをかけるべく、野党は、次期参議院選挙での与野党逆転を戦略目標とし、国会内外で協力することが大切と思われます。

野党が次期参議院選挙における与野党逆転を戦略目標として明確化し、これを繰り返し主張することにより、今国会においても、与党政権は強硬な姿勢を取りにくくなると思います。自衛隊の海外派遣には国会承認 (衆議院、参議院それぞれの可決) が必要であるため、次期参議院選挙で与野党が逆転すれば、仮に今国会で安保法制を整えても、自衛隊の海外派遣が出来なくなるからです。

世論調査によると、現時点でも、集団的自衛権による自衛隊派遣に反対する国民が多数を占めています。[1] 今国会で、与党政権が安保法制を強行採決するようなことがあれば、次期参議院選挙での与野党逆転を望む国民の声は、非常に大きくなると思います。

以下、各争点ごとに、今後の対立軸・対案を検討させて下さい。

1. 安全保障・憲法

2月11日、オバマ大統領は、向こう3年間にわたるイスラム国に対する軍事力行使の承認を米議会に求めました。共和党が多数を占める米議会では、地上部隊の投入も検討されています。今後、日本に対し、自衛隊による後方支援の要請が来るかも知れません。[2]

また、昨年12月、アメリカは、ソニーピクチャーズに対するハッキングを北朝鮮によるものと断定し、報復措置を取るとしました。今後、アメリカが、北朝鮮をテロ支援国家として再指定するなど、両国の対立が深まる可能性があります。新たに任命されたアメリカ太平洋軍司令官は、北朝鮮を域内の最大の脅威としています。アメリカは、いわゆる"REBALANCE TO ASIA"政策の下、2020年までに、保有する海軍艦艇の60%をアジア・太平洋地域へ集中配備していきます。[3][4][5]

さらに、1月末、アメリカ第7艦隊のTHOMAS司令官およびアメリカ国防総省のKIRBY報道官は、領有権をめぐり各国間に対立のある南シナ海において、日本の自衛隊が、哨戒活動 (パトロール) を行なうことへの期待を示しました。[6][7]

一方、中国は、"Carrier Killer"と呼ばれる、対艦弾道ミサイル「東風-21」を広東に配備しました。同ミサイルの射程距離は2700キロに及び、南シナ海全体を射程範囲に収めます。[8]

このような状況の下、野党は、現在のように、ただ受動的に与党に反対するというだけでは不十分だと思います。国民にアピールする代替案が必要です。国民のみなさんは、自ら安全保障政策を判断し、決定したいと思っています。そのため、国民のみなさんの声がより安全保障政策に反映されるよう、現行憲法をより民主化するという能動的な対抗軸を立てるべきだと思います。

なお、現行憲法の条文を、9条も含め、全て維持しつつ、情報開示など、新たに民主的な文民統制の規定を加えるという憲法改正試案を作成いたしましたので、ご参照いただけましたら幸いです。昨夏、ハーバード大学の教授・講師のみなさんの指導の下、作成した論文の文末資料として添付したものです。下記URLで、ご参照いただけます。

オリジナルの英語版の論文は、こちらでご参照いただけます。

論文の日本語訳は、こちらでご参照いただけます。

集団的自衛権に関しては、これまでイメージ的に、周辺国の軍事力の拡大がしばしば根拠とされていますが、実は、日本自体の防衛は、従来の個別的自衛権でカバーされています。これに対して、集団的自衛権の発動とは、日本本土から離れた海外の様々な地域に自衛隊を派遣して、武力行使することを意味します。周辺国の軍事力拡大に対する恐れが、いつの間にか、日本が海外における武力行使に向かうことに利用されているわけです。この論理のすり替えに多くの日本人のみなさんは気付いていません。海外における武力の行使は、様々なリスクをもたらすだけでなく、甚大な財政負担となって、国家財政を破綻させることは、過去の各国の事例が示す通りです。それでなくても、日本の国家財政は、すでに危機的状況です。不十分・不正確な議論によって、国家安全保障政策を決定することは、必ず将来の大きな禍根につながります。

与党政権は、中東やアフリカで武力を行使することを通じ、日本の周辺諸国を威嚇・牽制したいのかも知れません。あるいは、朝鮮半島有事を想定し、米軍との連携を強化したいのかも知れません。しかし、武力と威嚇に頼る行動は、相手側の報復とエスカレーションを生み、必ず想定外の結果を招くことになるでしょう。日本は、先の大戦で、それを学んだはずです。

国民の多くのみなさんは、与党政権の安全保障政策にともなうリスクとコストを十分に理解していません。また、与党政権の政策は、相手側戦力の過小評価と日本側戦力 (同盟国を含む) の過大評価に基づいている恐れがあります。イメージに基づいて国家安全保障政策の決定を行なうことは、もっとも危険なことです。

野党は、通常国会において、集団的自衛権発動にともなうリスクとコスト、および、周辺国との紛争にともなうリスクとコストを、客観的かつ詳細に分析し、国民に伝える責任があります。武力行使は必ず相手側の反撃を招きます。最悪の場合、戦闘員だけでなく、一般市民を含む多数の人命損失、そして、莫大な経済的損失が生じることが予想されます。野党は、通常国会において、リスクとコストに関する徹底的な議論を行なうべきです。

1月24日および2月1日、イスラム国による日本人人質殺害という事態が発生しました。今後、日本が、イスラム国に対する軍事行動の後方支援を担うようなことがあれば、日本人および日本国に対し、さらにテロ活動が行なわれる可能性があります。

国際的なテロに対する戦いに、日本も参加しなくて良いのかという議論もあると思います。しかしながら、イスラム国を含む、中東の紛争は、武力では解決しません。政治解決のみが唯一の解決方法です。

イラクにおいて、多数派のシーア派イスラム教徒が政権を取ったのち、少数派のスンニ派を抑圧したため、スンニ派が武器を調達し、テロや武力で対抗したことが、イスラム国拡大の背景にあると言われています。であるとすれば、少数派の基本的人権を保護し、その政治参加への途を開くことこそが、問題の根本的解決につながるものと思われます。日本は、この分野で貢献すべきです。

ちなみに、2月13日の記者会見において、テロ根絶のために何が必要かという質問を受け、民主党の岡田克也代表は、「基本は民生の安定だと思います。日本政府も様々な人道支援を行なっていますけど、その地で安定した生活ができるかどうか、ということが根本のところにある。やはり、疎外されているとか、生きていくことに非常に困難を伴うということがテロリズムの温床になっている。」とコメントしました。[9]

上記の理解が日本の各政党および日本国民のみなさんに拡がることが望まれます。平和的かつ民主的な憲法の下、日本は、テロが行なわれている国々における、少数者の権利の保護とその政治参加の実現のために、貢献すべきです。

なお、海外における武力行使は、国内の様々な権利と自由の制約につながります。中央政府による様々な統制が強まります。野党は、この点についても、国民のみなさんに具体的に伝える必要があります。

ほとんど全ての国際問題は、外交によって解決します。野党は、外交による安全保障の確保を最大限追求すべきです。北朝鮮とは6カ国協議を再開すべきです。中国との関係悪化も、尖閣諸島問題の棚上げ論への回帰など、外交で解決可能です。南シナ海の領有権問題についても、関係各国間による外交的解決を支援すべきです。

2. 外交
現在、中国は、日本との政治的対立が今後も継続することを見越し、すでにヨーロッパとの関係強化に動いているようです。

中国は、新シルクロードの建設を目指し、中国とドイツを結ぶ、北方ルートと南方ルートの鉄道整備を進めています。さらに、中国は、バルカン半島に高速鉄道を建設し、ハンガリーのブタペストから、セルビアのベオグラードを経由し、ギリシャの港湾都市ピレウスまで結ぶ計画です。一方、ドイツは、NATOに属しつつも、中立的立場を取り、ロシア、中国との経済的関係を強めています。ドイツは、中国市場での存在感を拡大しています。[10][11]

東南アジアの国々も、中国と日本を天秤にかけたとき、経済的な結び付きと今後の成長性を考え、中国を選択する可能性があります。

日本は、中国に対し対立的姿勢を続けることで、拡大する中国市場への足がかりを失い、どんどん内向きになって行くのかも知れません。日本は、経済的な基盤を自ら掘り崩しているような気がします。

大切なことは、政治が大局を見て、大きな決断をすることだと思います。2、3年先のことを考えるのでなく、20年先、50年先の世界を見透すことが必要だと思います。東シナ海だけを見るのでなく、世界全体を見る必要があります。

20年先、50年先には、中国とアメリカがスーパーパワーとなっていることが予想されます。同時に、情報化の進展と分散型エネルギーの普及を通じ、各国中央政府の権力が弱まり、地方政府の力が強まっていることが予想されます。日本の高齢社会化・人口減少も一層進んでいるでしょう。

そのような状況を前提とした場合、日本の外交方針は、その時その時で、中国寄りになったり、アメリカ寄りになったりするのではなく、「米中が21世紀の建設的・協力的な二国間関係を形成・維持するにあたり、これを一貫して側面から支援する」ということに重点を置くべきだと思います。

これを実現するためには、アメリカの国益、中国の国益を、細部に至るまで、正確に理解する必要があります。そして、その理解に基づき、日本から、双方の国益が充たされる建設的な提案を行ない、日本の出来る範囲でひとつひとつ着実に実行して行くことが必要だと思います。

日本が行なう提案の中には、北朝鮮の国際社会への参加や朝鮮半島の統一、アジアの安全保障実現へ向けての米中の軍事的・外交的協力、北東アジア非核兵器地帯の実現、地球温暖化対策における技術的支援、再生可能エネルギー普及へ向けてのAPECや発展途上国における米中日の協力推進、よりオープンで民主主義的な統治の実現、等々が含まれると思います。

逆に、今後、中国とアメリカの外交的・軍事的対立が激しくなるようなことがあれば、日本は、その対立の最前線に立たされることとなります。その場合、日本は、外交・内政の舵取りがきわめて困難になることが予想されます。

3. エネルギー政策
石油・天然ガスは、価格の振れが非常に激しいです。シェールオイル・シェールガスの供給過剰により、現在、価格は低迷していますが、多数の業者が淘汰されたのち、価格高騰の時代が来ることが予想されます。また、中東のイスラム国をめぐる紛争が拡大し、それが原油価格に影響を与える可能性があります。

今後ますます不安定化する中東地域からのエネルギー輸入を減らすため、再生可能エネルギーの割合を大幅に増やすべきです。野党は、再生可能エネルギーの普及を加速させるため、再生可能エネルギー法を改正し、電力会社に、再生可能エネルギー電力の優先的買い入れ、および、電力系統の拡充を義務付けるべきだと思います。ちなみに、ドイツでは、すでに昨年、再生可能エネルギーによる発電が総発電量の25%以上を占めました。2035年までに、60%に達する予定です。[12]

また、原発も危険です。過激派集団が、原発を攻撃目標にする可能性があるからです。[13] テロリストは、しばしば、その国の政治的中枢や歴史的遺産を攻撃目標にします。これらが破壊されると国民が受ける精神的ダメージが大きいからです。アメリカであれば、連邦議事堂やニューヨークの高層ビル、自由の女神などです。日本であれば、国会議事堂や京都の歴史的遺産などです。

仮に静岡県の浜岡原発が破壊されれば、放射能の拡散により、首都機能が停止する可能性があります。また、福井県の原発が破壊されれば、放射能の拡散により、京都に大きな被害が出る可能性があります。

原発再稼働の安全性審査に、テロに対する脆弱性も含ませる必要があると思います。また、警察力だけで原発をテロから守れるのか、検討が必要だと思います。最悪のケースを想定すれば、自衛隊の銃火器で常時守る必要があるかも知れません。野党は、国家安全保障の観点からも、早期の脱原発を主張すべきだと思います。

各県・各市町村は、再生可能エネルギーの普及に前向きです。地方の景気浮揚・雇用拡大につながるからです。原発再稼働を進める与党政権に対抗するため、野党は地方政府と協力すべきです。野党が再生可能エネルギー普及促進を主張することは、地方政府・地方議会との連携を強め、4月の統一地方選挙を有利に戦うことにもつながります。[14][15]

4. 沖縄基地問題
昨年11月16日に実施された沖縄県知事選挙では、普天間基地の辺野古移設反対を公約とする翁長雄志氏が勝利し、沖縄県民のみなさんの意思が明確となりました。また、昨年12月14日の総選挙では、沖縄の全ての選挙区で非与党系の候補者が当選しました。与党政権は、前沖縄県知事の行なった埋め立て承認を根拠に、辺野古移設を強行する姿勢ですが、仮に強制執行に及べば、沖縄県民のさらに強硬な反対を呼び、工事の行き詰まりや他の在沖縄米軍基地の運用にも支障が出る事態となるでしょう。

県民のみなさんの理解がなければ、基地の安定的な運用は不可能です。沖縄県知事選挙および総選挙の結果を踏まえた、普天間代替案の再検討が必要だと思います。

また、軍事的観点から言っても、在沖縄基地は、弾道ミサイル・巡航ミサイルによる攻撃に対し脆弱です。安全保障環境は急速に変化しています。紛争時に本当に辺野古基地が機能するのか、再検討が必要です。

今後、沖縄基地問題が深刻化・過激化し、仮に負傷者が相次ぐような事態になれば、与党政権の存立自体に関わることになると思います。

5. 消費税増税
5%から8%への消費税増税が景気に与えた影響は深刻でした。10%への消費税増税の決定の前に、徹底した行政改革および議員定数削減を実施すべきだと思います。


参照資料:
(1)「自衛隊海外派遣、反対5割超=集団的自衛権で-時事世論調査」、2015年2月12日、時事通信

(2) "Obama ISIS fight request sent to Congress", February 12th 2014, CNN

(3) "Obama: U.S. Reviewing Whether To Put North Korea Back On Terrorism Sponsor List" by Josh Lederman, December 21st 2014, Huffington Post

(4) "North Korea Is Asia’s Biggest Security Threat, U.S. Admiral Says" by David Tweed, December 3rd 2014, Bloomberg News

(5) "Statesmen's Forum: The Honorable Ashton B. Carter, Deputy Secretary of Defense", April 8th 2013, Center for Strategic & International Studies

(6) "U.S. would welcome Japan air patrols in South China Sea", January 29th 2015, Reuters

(7) "Japanese air patrols over South China Sea would be ‘welcome’: Pentagon", January 31st 2015, The Japan Times

(8) "DF-21D ballistic missiles deployed to Guangdong: Kanwa", February 15th 2015, Want China Times

(9)「民生の安定でテロリズムの温床をなくす-岡田克也・民主党代表」、2015年2月16日、日仏共同テレビ局フランス10

(10) "Balkan railway part of Chinese 'express lane' to Europe" by Aleksandar Vasovic and Ivana Sekularac, December 17th 2014, Reuters

(11) "Leaving the West Behind - Germany Looks East" by Hans Kundnani
, Foreign Affairs January/February 2015 Issue

(12) "Germany Exceeds 25% Renewable Energy", December 30th 2014,Energy Matters

(13) "IAEA chief urges vigilance against ‘terrorist’ nuke threats", January 26th 2015, AFP

(14)「関東地方知事会、再生エネ普及で要望へ インフラ整備など」日本経済新聞、2014年10月23日

(15)「『空押さえ』解消を 県が再生エネ買い取り中断で緊急提言へ」福島民報、2014年10月28日


註記: 上記の見解は、私個人のものであり、いかなる団体あるいは政党の見解をも反映するものではありません。