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ま、なんとかなるさ

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昨年の8月末、せっかくなのでバイクツーリングを強行いたしました。

日曜日だったのですが、仕事場に行っていろいろやっていたので出発はお昼前。

 

 

恒例の県内唯一の「サークルK サンクス」でアイス休憩。もう暑くて!

新潟県内に入って一枚。

海は汚いですが景色がなかなかいいですね。天気もいいし(この時点では)

とりあえずここへ。新潟方面に行ったら必ず行きます。

山城なので本丸跡まで行くにはずっと登っていかなくてはいけません。今回は暑すぎてしんどいので断念。

その代わり春日山神社で無事故祈願。

あまりにも暑くて汗だくだくなので近くのコンビニのフードコートで休憩。

店内は涼しいので助かります。

今回行きたかったのはここ。

この博物館は撮影OKなので撮りまくり。ここは戦国時代の上越のみならず太古の物(土器とか)もあります。

おそらくこうであろうという憶測に基づいて書かれたもの。

第4次川中島の戦いを再現した絵なのですが、これを見て深く掘り下げて記事を書いてみたくなりました。絵を見ただけでも突っ込みどころ満載!ああ、書きたい。でもまた今度wwww

 

でも博物館での展示内容はなかなかよかったです(^^♪いった甲斐があったものだ。

さあ、目的地である弥彦神社へ行きますか!

まだ60キロ以上あります。

 

・・・・・この後、あと40キロまで差し掛かったのですが・・・・

もう本当に暑い!!夏なので暑いのは当たり前なのですが、じつはこのバイク、ファンが回った時の排気熱の排出時は最悪!!熱風が脚に吹きまくるので交差点で停まっている時は地獄です。

また休憩してしまい、時刻はすでに16時半。神社へは1時間後か。

こんな時間に行っても社務所は閉まっているでしょう。上越に戻った時には20時を回っているでしょう。今回はうちを出るのが遅すぎました。

なので上越市内へ引き返しました。

この後は

上越市内のローソンでおにぎりと水で晩御飯。

これで十分。さあ、お楽しみのスーパー銭湯へ行きますか。

群馬県の七福の湯はゲイが出没するので怖いですが、ここは大丈夫(たぶんw)

予定を切り上げた分、ゆっくりとつかりました。

こっちの方にも七福の湯が出来ないかな。

時間は21時。2時間もまったりしてしまいました。

 

さあ、帰りますか!

 

上越から8号線沿いに帰る予定だったのですが・・・1時間近くたった時に

パトカーが後方から急接近!そしてパッシング!えっ?スピード出しすぎたか?

いや、チキンな私は安全運転なのでそんな事はない。

とり越し苦労でした。どうやら先に何かあって急ぐために追い越したかったようです。

 

そしてすごい渋滞。おそらく2キロ先まで続いているでしょう

完全に停まってしまいました。しばらくすれば解消するかと思ったのですが・・・・1時間待ってもこのまま。時刻は23時前。

調べたスマホでらどうやらこの先で人身事故が発生して通行止めとか。よほどすごい状況なのでしょう。

夜遅くなった事以外もう一つ急いで帰りたいわけがありました。じつはたいふう10号が西からここを直撃するらしいからです。

ここで決断。引き返して上越から高速に乗って帰る!かっ飛ばしてうちまで行こう。それしかない!

 

・・・上越インターから高速にのあったのですが・・・・・すでに時は遅し、台風で強風と横殴りの雨で80キロ出すのが精いっぱい。やむを得ず名立インターで降りる。

8号線の通行止めはインター先からだったようでここからは普通に走れたので雨の中一生懸命走りました。

糸魚川市内のコンビニ前。時刻は24時30分。

雨は止んだが強風。

ここで小腹がすいたのでおにぎりとお茶で休憩。

この後富山県内に入るやいなやすさまじい雨でおっかなびっくりで走ってたので帰宅したのが夜中の2時30分でした。

 

今回はツーリングとしてはイマイチでしたが今年こそはもっと長距離を走りたいですね。

 

 

花粉症には全く関係ない、と思っていた私ですが・・・・ここ2、3年そうでもないのでは?と思ってしまうようになりました。まやたら目がかゆい。くしゃみが出る、そしてのどが痛い。うちの裏には杉が植生されており、帰宅してもこれらの症状が続きます。困ったものだ。

 

困ったものといえば巷で騒ぎになっている「メール問題」。そもそも国有地払下げの値引きが不当、から始まったのに今はメールのやり取りがどうこう、100万円寄付がどうこうと違う方向に持っていこうとしている。

 

例の理事長にくっついていって何かネタをもらおうと必死になっている野党の議員連中の厚顔無恥ぶりには敬意を表します(嘲笑)

 

首相も変なのにまとわりつかれて気の毒だなあと思ってしまいますが、昭恵夫人の「脇の甘さ」は否めないと思う。稲田大臣もそうですが、こういった連中とはきっぱりと縁を切るべき。それが出来ていなかったからこうなったのでは?理事長側は当初「安倍万歳」みたいな姿勢だったのが今はおもいっきり反目に回っている状態。国有地問題の腹いせとばかりに証人喚問で好き勝手言いまくり。野党はこれを利用して安倍内閣にくさびを打とうとしているようですが、あまりにも堂々と言いすぎる開き直ったかのような言動、首相側との整合性が全くないところから信憑性にものすごく疑問を感じてしまうのは私だけではないはず。

証人喚問は嘘つけば”偽証罪”に問われますが、今回の件で事実と異なる答弁をしても刑事訴追するのは難しいらしい。ひょっとしてそれを見越しての答弁をおこなっているのか。

 

ケースは違いますが、この事案をニュースで聞いていると「越前騒動」を思い出しました。

 

越前騒動・・・・・江戸時代よくあった300余藩での御家騒動の福井藩版。当事者の名字を取って久世騒動とも言います。

もとはといえば佐渡金山へ出稼ぎにいった百姓の夫がいつまでも帰ってこないので妻が他の男と再婚してしまったら夫が帰ってきて復縁を迫った・・・・という農民の個人間のお話だったのですが、その夫が殺された事から領主の久世但馬守がそれに介入、その一件が再婚相手の土地の領主岡部自休が訴え、最終的には福井藩の家老の派閥争いに利用されてしまったのでした。

当時福井藩の当主は松平忠直(徳川家康の次男結城秀康の長男)。まだ十代だったので家老が補佐していたのですが、福井藩は一気に大藩になったので家臣も寄せ集め状態。まとまりがありませんでした。

家臣団は本多富正派と今村掃部助盛次派に分かれていて大変険悪な状態。本多は久世寄りだったのですが、本多派をやっつけて自分が福井藩を牛耳ろう(筆頭家老は本多富正であったが今村盛次がそれをないがしろにする行動が目立っていた)としていた今村盛次が好機とばかり「藩主の命令」と偽って本多富正へ久世の切腹を要求。しかも臨戦態勢に入っている久世の屋敷へ本多自ら交渉に行け、と。本多富正は切られる覚悟で久世の屋敷へ出向き切腹の命を伝えるが久世は我に非はなし、と拒絶。すると今村盛次はさらなる藩主命令と本多富正へ久世一派の討伐を指示。本多富正はやむを得ず兵を集めて久世屋敷を攻撃するのですが、当の今村盛次は息子と城の天守から高みの見物、さらに己の息のかかった多賀谷泰経に鉄砲隊を指揮させて背後から本多隊めがけて射撃してけしかける、という愚挙。

結果的に久世一派はすべて討ち取られて収束したのですが、ここまで重大な事態になった事をそのままにしておくわけにはいかず幕府に報告。幕府は詳細を聞くために両方を呼んで事情聴取するのでした。

今村盛次は近江の京極家旧臣出身の成り上がり者ですが、豪胆で体格も髭も立派で幕閣に対しても物怖じする事なく堂々と答弁。あまりにも鮮やかな答えようだったので一気に今村派が有利。それに対して本多富正はさほど上手に言えずこのままでは負けてしまう。

それを心配した家康の家臣本多佐渡守正信が本多富正に顛末が詳細に書かれてある手紙を提出させました。きわめて詳細で正確かつ衝撃的な内容(今村盛次の横暴や数々の不正行為等)が書かれて形成は一気に逆転、さらに不利になった今村盛次が悔し紛れに今回の騒動は藩主が不甲斐ないから、みたいな事を言いだした為に家康が激怒、今村盛次は領地没収の上他家に身柄を預けられ、一派の家老達も軒並み領地を没収されて藩を追放されてしまうのでした

本多派も竹島周防守が自害するなどありましたが本多富正本人は家康に叱られただけで御咎めなし、逆に筆頭家老として改めて藩に尽くすように、との命を受け、本多富正は親族の本多成重を招聘して家老に任命、福井藩は本多一族が切り盛りしていくのでした。

(この後続きがあり、今村の息子はだいぶ後で福井藩家臣に復帰、他の家臣も流された先の各大名に再仕官。ただし岡部自休は死罪。)

 

大坂の陣の前の話で、幕府としては豊臣との戦の前にそういった内輪もめの早期決着を図りたい、という意向があったのかもしれません。多少有能でも素性が怪しい今村より古参の家臣出身(本多富正は徳川譜代の家臣、本多作左衛門重次の甥で家康長男信康のお守り役だった本多重富。富正は幼少期から次男秀康に仕えていた)の本多富正を中心に結束を図らせたかったのかもしれません。

 

話はかなり逸れましたが、良くも悪くも己の為に堂々とした態度、周りの事など意に介さない、むしろこっちが被害者だとばかり唐突な答弁を述べまくる理事長と今村掃部助盛次がだぶって見えてしまうのは私だけでしょうか。

 

 

 

 

昨日、職場での人事異動の発表がありました。

 

発表はみんなが外回りから帰ってきた後。私が会社を出発しようとした時、人事を言い渡す立場のおえらいさんであるTさんと目があったのですが、いつもは「ごくろうさん」とか「気を付けて行ってこいよ」とか言うはずなのに今日は目を背けるようにどこかへプイッと行ってしまう。

 

・・・・・・ひょっとして今回動くのは私か?あの余所余所しい態度はおかしい、と勘繰る私。

 

まあ、こんなくそ勤務地を出るのはせいせいするので異動上等!という感じで一日仕事をしていたのですが・・・・・・

 

結果は全く関係なし。引き続き現在の部署での勤務。で、わが部署で動いたのは・・・・・直属の上司とダメ男な先輩のみ。ああ、やっぱりそんなものか。

ダメ男は私の3歳くらい上になるのですが、ベテラン失格のダメっぷり。冬の間も思いっきり手を抜いた仕事で私が何度もキレかけたくらいのひどい有様。結果的に彼は元の場所に戻っていくのですが、邪魔なので大いに結構。さようなら。

で、上司の方ですが彼は役職のからみで今回の異動で余所へいくのは大方予想がついていましたが、次の勤務地は自宅から1時間以上はかかる県内東部の端っこらしい。気の毒。

 

私が考えてる異動対象になる人の特徴

1.昇任した人

2.家庭や人間関係等の理由で自分から異動を希望し人

3.仕事やる気満々の人

4.お調子者でイエスマン

5.おとなしくて全く逆らえない、言いなりの人

6.仕事の能力はないが他の人の異動の為のトレード要員には使えそうな人

7.問題児(笑)

 

とまあこんなところでしょうか。

 

上司は1に相当します。彼は一昨年に昇任して我が部署に来ました。今年で2年目が終わるので今回は妥当な人事でしょう。

ダメ男は6。彼はここ数年同じフロアの部署を行ったり来たりしています。私がいる部署に来たのも今回で2度目。

 

私は・・・・明らかに7(爆)。給料泥棒な”内勤の連中”を目の敵にしているので女性スタッフからは完全に腫れ物にさわる扱いを受けています。名前を呼ばれた時点で睨みつけているから仕方ありませんね。電話に出る時も喧嘩腰だし(これには理由があり、電話での応対にこだわりがある私は適当な受け答えをされると必ずキレる。ただでさえ忙しいのに)。

昔いたお偉いさんにアホか!とかだからお前は使えないんだよ!とか不遜しまくりなので7の理由で追い出されても仕方ないのですが、子供の仲良しグループじゃないので簡単に人の入れ替えはできないのでしょう。一人動かすと動かした先の勤務地もだれか動かさなくてはいけない。仕事に精通している人を動かして代わりに新人を入れる、なんてやると各勤務地の社員の能力にばらつきが出てくる。決めるお偉いさんも配分に苦労しているんでしょうな。

 

以前、私は小さなところから大きな勤務地へ異動になりましたが、その理由は明らかに3でした。希望していないのにこうなったのはその直前におえらいさんに建白書を提出し、さらに能力の低い社員(自閉症みたいな奴だった。そのバカはとっくの昔に退職。)を排除するように意見具申したところ、そうなってしまったのでした。やぶへびもいいところ。

 

来年はどうなるかわかりませんが、現状から察するに自分から希望を出さなければ異動させられる可能性は低いと思われます。以前のような仕事に対する情熱はないので別にどこ飛ばされてもいいのですが。でも県内の端っこは勘弁して。出勤が大変だからwww

 

4月に入れば新上司(前々勤務地で一緒だった奴が来る。ここへ来るのもおそらく私がいるからかと。意図的なものを感じる)と新人が来ます。どちらもここに慣れるまでには時間がかかります。特に新人は3週間程度の研修を受けさせられるのでその間は今の人員でまかなわなければいけない。

大変だけど頑張らなければいけません。