アルバカーキの話で一つとても大切な歴史をお話しするのを忘れていました。 それはなぜアルバカーキが街として発展するに至ったかに繋がるものです。
※アルバカーキの
バルーンフェスティバル
カミーノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ(Camino Real de Tierra Adentro:内陸に繋がる王の道」という道の話です。以前お伝えしましたが、1598年に新スペイン国(現メキシコ)はその領土を広げる形でリオグランデバレーエリア周辺をヌエボ・メヒコ(新メキシコ)として宣言します。その後1607年にはサンタフェを建設し首都に定めました。
なぜこれほど内陸の奥まったサンタフェだったのか?はいまだ不明ですが、ある本にはどうも周辺で鉱物資源が見つかったらしいが、大きなものではなくすぐに掘り尽してしまったらしい…との一文は見つけました。でも採掘が出来なくなったのに街が存続する理由は全く書いていないんですよね… だったら、メキシコに近い今のエルパソに首都を置いてもよさそうなものなのですが…
とにかく、サンタフェが首都になり、人の移動が始まります。移動する人はもちろん新スペイン国からの入植者です。新たな土地に夢と希望を持って移動したのでしょう。
彼らはどのルートで来たのでしょう?
それが現メキシコの首都メキシコシティーから首都サンタフェを結ぶ道=カミーノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロと後に呼ばれることになる道でした。道の全長は実に2600㎞!日本の本州が全長約1600kmですから、いかに長いかがお分かりかと思います。
この道は入植者だけでなく、サンタフェとメキシコシティー間の物流を運ぶ基幹道として1598年から約300年近くも人々に使用されていたと云われています。つまり車が登場するぐらいまでという事です。
※カミーノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ
この道によって北のサンタフェで集められたネイティブアメリカンの毛皮が新スペインに運ばれ、それが本国のスペインに運ばれる、逆にネイティブアメリカンはこの道から西洋文化であるスパイスや家畜、馬、武器を手に入れることになります。
今では馬とネイティブアメリカンは切っても切れない関係のように思いがちですが、馬はコロンバス後にヨーロッパからこの北米大陸に持ち込まれました。厳密には北米大陸に馬の元型種はいましたがそれは15,000-10,000年ほど前に絶滅したと云われています。絶滅の理由は定かではありません。
さらに、この道を利用してローマカトリック教会は新大陸であるアメリカにその布教の触手を延ばして行くことになります。そもそもサンタフェという言葉自体が“聖なる信仰・信頼”ですから、これはカソリックからの言葉であるし、カミーノ…の道の名前も王=宗教者の神 に繋がるものです。当時、宗教者は王と同じぐらいの権威・権力を持っていた時代です。
ローマカトリック教会はサンタフェだけでなく、現在のカリフォルニアにもその手を広げてゆくため、サンディエゴ、サンタアナ、サンタバーバラ、モントレー、サンホゼ、サンフランシスコには古い教会が数多くあるんです。特に現サンディエゴからソノマに繋がる道(現在のI-5とUS101など…)はエル・カミーノ・レアル(El Camino Real:王の道)と呼ばれ、サンタフェに向かうカミーノ…よりも宗教色が強く宗教施設が集中しているのが特徴的です。
※サンタバーバラPresidio/CA
LAに暮らしていた時、LAからUS101でサンタバーバラを抜け、ビッグサー➡モントレー➡サンフランのルートを通って大感動して、セドナに移住する前まで年に一度は行っていましたが、その道沿いにはたくさんの古い教会が幾つもあったのを憶えていますし、カリフォルニア内でエルカミーノレアルと名付けられた道が多いのも、そのような歴史的背景があったことを後に知る事になりました。そして、それら教会はどことなくイメージしていたキリスト教とは違うようにも感じていました。
アメリカはキリスト教!と一般に思われていますが、実はカルフォルニア、ニューメキシコなどの西側はローマカソリック系、シカゴ、ワシントンDCなどの東側はプロテスタントのキリスト教が主流です。それは建築物を見ればなんとなく違いが分かるかと思います。もちろん、東にカソリックが無いわけではありませんが、傾向という意味です。
カソリックとプロテスタント・キリスト教の違いは… これこそ、私は専門外ですが簡単に言うとカソリック=ローマカソリック教会はバチカンを総本山とする古い歴史を持ち、信仰は伝承や儀式、キリストやマリアや著名な神父の銅像など偶像崇拝をする傾向にあり、キリスト教は聖書を絶対のものとして信仰する傾向にあるようです。ちなみに私は幼少期カソリックの幼稚園に通っていて三位一体を唱えていたことは後に一般の宗教の勉強としてカソリック、キリスト教を学んだ際、ああーそういう事だったのねと妙に納得しました。また、話が逸れましたね。道の話です。
メキシコシティとサンタフェを結んだカミーノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロは実はメキシコの世界遺産に指定されているほどメキシコでは有名(らしい)です。ただ、世界遺産はこの道のメキシコ部分のみでアメリカ側はその対象ではないので、アメリカ国内ではあまり知名度は高いとはいえません。私も知ったのは昨年のメキシコ行きが決まってからでしたから…。
※アルバカーキ
San Felipe de Neri Church
そして、この道がテキサスのエルパソとアルバカーキを宿場町として創り出すことになります。エルパソはカミーノ…内陸道とリオグランデの川がちょうど交差する場所で、陸路と水路の要所でもあり、独自の発展を遂げることになります。エルパソ・テキサスはエキゾチックという点ではニューメキシコともまた違う雰囲気がありますので、そういう点を見ることも面白いと思います。
※エルパソ
Yeleta Mission
次回はサンタフェです。




