こんにちは。インテルメッツォの尾形です。いよいよ今年も残りわずか。月並みですが一年は早いものです。街には年の瀬に響く「歓喜の歌」が流れます。この季節の「第九」は戦前から続く日本の風物詩と言えましょう。
さて山崎蒸留所は世界に誇る二つのウィスキーを造っています。ひとつはシングルモルト「山崎」そしてもうひとつがブレンドの最高峰「サントリー響」。
今宵はちょっと趣向を変えて(当店の店名も音楽用語ですし)、「響」と「第九」とある大作曲家についてのお話です。
有名な「第九」交響曲を...作曲したベートーヴェンは大酒飲みでした。しかしベートーヴェンの父親はもっと凄い大酒飲みでした。ろくに働かない父親の代わりに、幼いベートーヴェンは一家の家計を背負わされます。
作曲家としてこれからという時に耳が聞こえなくなり始めましたが、その頃に彼の名だたる傑作は立て続けに生まれます。
交響曲9番(第九)を書いてベートーヴェンは精魂尽き果てました。その後この天才作曲家を越えようと数多の作曲家もまた苦悩します。ブラームス(1833-1897)という後の大作曲家もそんなひとりでした。
「サントリー響」は1989年、当時のチーフブレンダー、稲富孝一氏により鳴り物入りでデビューしました。当時国産ウィスキーが高くても3千円程度だったと記憶していますが、「響17年」は1万円。バブルとは言え相当高価な国産ウィスキーだったことは間違いありません。
ウィスキーの本場スコットランドでは、シングルモルトはソロ器楽、ブレンデットウィスキーは大編成のオーケストラに例えられます。稲富氏も趣味でヴィオラを弾いていたため、ブレンドウィスキーやモルト原酒の複雑な芳香をよくオーケストラの編成やクラッシック音楽の美しい旋律に例えていたそうです。
ブレンドウィスキーは原酒の調和が大切。その調和をコントロールするのがブレンダーの仕事です。
ブレンダ―はよくオーケストラの指揮者に例えられます。
樽の個性を瞬時で見極め、自らの鼻を頼りに最高の「響き」を導き出す。十分な経験を積み勘を養い、真のベテランになってやっと大成する職人で、一切の妥協を許さない厳しい仕事です。
40代でも「新進気鋭」と呼ばれ、限られた者だけが最後に「マエストロ」と呼ばれる指揮者の世界とどこか似てますね。素質が大切で何となく徒弟制度のあるところもまた似ています。
稲富氏は「響」をブレンドするにあたりイメージしたのはブラームス交響曲第1番の第4楽章でした。
前述の通りブラームスはベートーヴェンを越えようとした作曲家です。
稲富氏は「響」をブレンドするにあたり何故ブラームスをイメージしたのでしょうか・・・。
35種とも言われるモルトの厚みはこの交響曲の彫りの深さに通じ、全体的な品格の高さは一瞬の静寂をついて現れる冒頭のホルンの音色や後に続く有名なヴァイオリンの主題、甘美なアフターテイストはフィナーレのトランペットの高らかな響きに通じていると言えなくもありません。
一方でこのこの第1交響曲はベートーヴェンの作曲技法を忠実に踏襲し、特にこの終楽章の一番いいところ(主部)が「第九」のそれに似ていたりしたため、ことあるごとにベートーヴェン「第10番」と揶揄さたりもしてきました。
日本のウィスキー造りもブラームスの交響曲同様、初めはマッサンが先頭に立ち本場スコットランドから学び、その技術を忠実に踏襲することから始まりました。
そして今や日本のウィスキーは本場スコットランドを越えるほどの高品質になりました。
これはある意味ベートーヴェンを越えたブラームスの交響曲と相通じるものがあります。
「響」には稲富氏のそんな思いが込めらていたのではないでしょうか。
「響」はこれまで何度も名のある世界大会で金賞を受賞。発売後間もなく世界のブレンドウィスキーの頂点に立ってしまいました。
稲富氏や天国の大将(鳥井信治郎)の願いは叶いました。これを機にジャパニーズウィスキーが「単なるスコッチの模倣」を超え、その繊細な「個性」が広く世界中に知られるきっかけとなったのです。
まさにジャパニーズの記念碑的ウィスキー、それが「サントリー響」なのです。
https://www.youtube.com/watch?v=CVIkwRy8kB0&index=2&list=RDNrd-UN1Q0lo もっと見る
さて山崎蒸留所は世界に誇る二つのウィスキーを造っています。ひとつはシングルモルト「山崎」そしてもうひとつがブレンドの最高峰「サントリー響」。
今宵はちょっと趣向を変えて(当店の店名も音楽用語ですし)、「響」と「第九」とある大作曲家についてのお話です。
有名な「第九」交響曲を...作曲したベートーヴェンは大酒飲みでした。しかしベートーヴェンの父親はもっと凄い大酒飲みでした。ろくに働かない父親の代わりに、幼いベートーヴェンは一家の家計を背負わされます。
作曲家としてこれからという時に耳が聞こえなくなり始めましたが、その頃に彼の名だたる傑作は立て続けに生まれます。
交響曲9番(第九)を書いてベートーヴェンは精魂尽き果てました。その後この天才作曲家を越えようと数多の作曲家もまた苦悩します。ブラームス(1833-1897)という後の大作曲家もそんなひとりでした。
「サントリー響」は1989年、当時のチーフブレンダー、稲富孝一氏により鳴り物入りでデビューしました。当時国産ウィスキーが高くても3千円程度だったと記憶していますが、「響17年」は1万円。バブルとは言え相当高価な国産ウィスキーだったことは間違いありません。
ウィスキーの本場スコットランドでは、シングルモルトはソロ器楽、ブレンデットウィスキーは大編成のオーケストラに例えられます。稲富氏も趣味でヴィオラを弾いていたため、ブレンドウィスキーやモルト原酒の複雑な芳香をよくオーケストラの編成やクラッシック音楽の美しい旋律に例えていたそうです。
ブレンドウィスキーは原酒の調和が大切。その調和をコントロールするのがブレンダーの仕事です。
ブレンダ―はよくオーケストラの指揮者に例えられます。
樽の個性を瞬時で見極め、自らの鼻を頼りに最高の「響き」を導き出す。十分な経験を積み勘を養い、真のベテランになってやっと大成する職人で、一切の妥協を許さない厳しい仕事です。
40代でも「新進気鋭」と呼ばれ、限られた者だけが最後に「マエストロ」と呼ばれる指揮者の世界とどこか似てますね。素質が大切で何となく徒弟制度のあるところもまた似ています。
稲富氏は「響」をブレンドするにあたりイメージしたのはブラームス交響曲第1番の第4楽章でした。
前述の通りブラームスはベートーヴェンを越えようとした作曲家です。
稲富氏は「響」をブレンドするにあたり何故ブラームスをイメージしたのでしょうか・・・。
35種とも言われるモルトの厚みはこの交響曲の彫りの深さに通じ、全体的な品格の高さは一瞬の静寂をついて現れる冒頭のホルンの音色や後に続く有名なヴァイオリンの主題、甘美なアフターテイストはフィナーレのトランペットの高らかな響きに通じていると言えなくもありません。
一方でこのこの第1交響曲はベートーヴェンの作曲技法を忠実に踏襲し、特にこの終楽章の一番いいところ(主部)が「第九」のそれに似ていたりしたため、ことあるごとにベートーヴェン「第10番」と揶揄さたりもしてきました。
日本のウィスキー造りもブラームスの交響曲同様、初めはマッサンが先頭に立ち本場スコットランドから学び、その技術を忠実に踏襲することから始まりました。
そして今や日本のウィスキーは本場スコットランドを越えるほどの高品質になりました。
これはある意味ベートーヴェンを越えたブラームスの交響曲と相通じるものがあります。
「響」には稲富氏のそんな思いが込めらていたのではないでしょうか。
「響」はこれまで何度も名のある世界大会で金賞を受賞。発売後間もなく世界のブレンドウィスキーの頂点に立ってしまいました。
稲富氏や天国の大将(鳥井信治郎)の願いは叶いました。これを機にジャパニーズウィスキーが「単なるスコッチの模倣」を超え、その繊細な「個性」が広く世界中に知られるきっかけとなったのです。
まさにジャパニーズの記念碑的ウィスキー、それが「サントリー響」なのです。
https://www.youtube.com/watch?v=CVIkwRy8kB0&index=2&list=RDNrd-UN1Q0lo もっと見る
