僕が広告代理店の社長を生業とするにあたっては、多くの方のご支援とご協力があったからにほかなりません。
しかし、この人生を選んだということは幼少期の体験の影響を大きく受けると思います。
僕は妹と二人兄弟ので、父は大企業のエリートコースを歩み、仕事と家庭をうまく両立させているよう子供心にも映ってました。生活も比較的豊かで困ったことはなく、両親とも子供に対しての制約などせずとても自由な環境でした。近所には同世代と一つ年上のお兄ちゃんたちや、一つ下の弟のような友達に囲まれていました。団塊ジュニアの我々の世代は、僕が生まれた田舎の岡山でも人口が多かった印象があります。
小学一年生の頃は、母のことが大好きでした。よく母とふざけたりおしゃべりしていました。そんな母が父のことをとても立てていたので、父のことを尊敬するようになりました。それからいろんな父の姿を見るようになったと思います。平均すると夜の7~8時に帰宅し、家では仕事のことは一切口にしな買ったと記憶しています。毎週土曜日は祖父母の家に行き、日曜日はどこか近隣に遊びに連れて行ってくれる。遊びに行く先はアウトドアな自然の多い場所が主体です。よく遊びに連れて行ってくれる父を近所の友達にはうらやましがられていました。
父は会社で出世頭であったと母から聞いています。学歴もあり仕事も家庭も順調。高度経済成長全盛の日本を象徴するようなエリートだったと思います。
そんな環境にいて、僕の価値観はいい大学に進学しエリートコースに進むのが正しく、それ以外は道を踏み外したようなイメージがぼんやりとありました。その思想を強要されたことは一度もありませんが、世の中すべてがそれに近い思想で充満していたような気がし、それを窮屈に感じることもありました。心のどこかではもっと自由な選択肢ともっと理想的な世界があるような気がしていました。
周りの友人の影響も大きかったと思います。小学校二年生の時斜め向かいに住む近所のお兄ちゃんが、将来どうなりたいか?というような話を振ってきました。「いい会社に入って・・・」みたいなことを応えると「面白くないな~。俺は社長になって社員をイジめるじゃ~」と冗談交じりに言われ、「社長!?何かカッコいい」と思ったことを覚えています。
小学校5年生のころの親友はマセていて、「自分はお金持ちになる」というようなことを言っていました。その時の親友の将来の夢は「お金持ちな皆の親分」で僕の将来の夢は「社長」でした(余談ですが僕も親友も当時の夢がかなっています)。
よく父にいろんなところに連れて行ってもらった反面、友達との時間が少ないというのが、ないものねだりではありますが不満でした。誰とでも仲良くでき自分で言うのもなんですが人気があった僕は、友達と仕事のできる社長というのが理想になっていきました。
小学生低学年の僕は夢見がちで、大きな家に住みたいといってそれを絵に書いたり、友達とヒーローごっこに明け暮れたりと現実離れした世界にはまってました。具体的に夢ということを考える時間は少なかったですが、「普通の成功では嫌だ」「夢のような世界に住みたい」という願望は強かったです。
大人しそうに思われていましたが、意外と目立ちたがりなところもあり、「何がかっこいいか?」をよく考えていました。視覚的におしゃれをしたり、一冬半袖で学校に通ったりと何かを発信することに気を配っていました。それが今の広告という仕事にぴったりなんだと思います。
このような環境が僕に今という選択をさせてくれたのだと思います。だからこそ僕は、広告集客で貢献し、多くに人にもっと自由な選択ともっと理想的な世界を作ることを使命と考えるようになったのだと思いす。まだまだ理想には程遠いですが、モチベーションの元となる大切な気持ちです。
そして、結婚した今つくづく思うのは「家族は大切」だということ。父のようなエリートコースに少し反発したところもありましたが、このように思うのはやはり温かい家庭に育ったからだと思います。
多くの人々から頂いた今への感謝の気持ちは、実績で返すしかあません。
必ず夢を成し遂げます![]()
