日本古来からの民、南方系日向 | 日出国の五千年検証のSFノート

日出国の五千年検証のSFノート

手前味噌な説ですが、確定している日本の正史は2600年余り…ですが、記録が残っていないだけで日本の国家としての歴史は5000年だと考えています。
科学的、地学的、考古学的、宗教学的にSF加味して検証したいと思います。

第12回です。
ずっと、北方系(バイカル湖を経由した種族CとD)を追いかけてきました。おそらく、北海道から本州、九州北部まで広がったのはこの北方系が先に分布したかも知れませんが、アフリカを出て中東で別れた東へ向かったCとDの存在があります。主に海路を使ったと思われますが、陸路と海路を併用して中国の南部から台湾辺りを経由してわずかなCとDの民達が居たと考えています。Cの民の主流は東南アジアで南下してオセアニアに散らばっていった民が主流ですが、一部Dの民を伴って北東方向に進んだ民が存在していたと考えてます。元々Dの種族は数が少なかったため東南アジアでも一ヵ所にたどり着いた所のDの主流と、途中所々に三々五々した残留組、そしてCと共に日本に到達した非主流組に別れると考えます。
こちらのCはハンターでも漁師の特性がある種族です。Dは北方と別れた民同様、職人です。CはDを自分達の生存率を上げるために大切にしていたと思います。Dは職人ですが、実は生活力が乏しい種族だと考えます。Cをサポートする事によって守ってもらえる、技術をいかんなく発揮出来る環境を整えたようです。日本人の相互扶助の精神はこの頃に特性の違った種族同士がお互いの利点を理解して助け合えた事が、先人の知恵以上にDNAに刷り込まれた特殊性だと思います。
Dの民の生活力が乏しいとしたのは現在Dの遺伝子yを持っている民族は限られています。生活力も実は政治力も持たない民がDです。ですので、政治力のある種族に混血という征服をされてしまいがちな種族といえます。
ですが、おそらくCの民に守ってもらえるDには何か惹き付けるカリスマ的な面を持っていたのではないかと思います。そうでなければ、長い間の旅路の中で、面倒臭くなったりトラブルが発生したりして捨てられるのは目に見えています。
「使えねーな!」と思われず、
「仕方ねーな。」と思われる。
幸運に満ちた種族がCに出会えたDです。
おそらく遺伝子yの分岐の兄弟とされるEの種族はCの保護にはありませんでした。地中海の沿岸を中心に広がったEの民が取った手段こそ、神と云う存在を示す事によってあらゆる方向を向いていた視線を一方向に向けさせる事に成功したのだと思います。そして自分達の存在と地位を確立し、安定を得たのだと考えます。
北方系の到達地が諏訪エリアであったのに対して、南方系の到達地がおそらく宮崎県(日向)であったと考えますので、日向の民と呼びます。天孫降臨の逸話が日向であるのは、CとDの民がとりあえず落ち着ける所に到達出来たのが日向であったと考えられるからです。
今でも、宮崎は気候の具合の良い住みやすい所ですから、太古の時代に到達した日向の民も落ち着いた、それこそ幸福な生活を手にしたのではないでしょうか。
そこに暗雲とまではいきませんが、激動の中に巻き込まれてしまう事が起きると考えられます。

次回、穏やかな生活を乱す者。