土日
今から四半世紀前の話。
私が新入社員として入社したリクルートコスモス(当時、ディベロッパーです)でその光景を目にした。
その光景の発端となった配属発表は入社式直後だった気がするが定かではない。私はナンチャラ事業部ナンチャラ部というおよそ実態とかけ離れた大げさな名称のセクションに配属が決まる。
同僚となる先輩社員たちの握手が熱く、上司マネジャーは自信にあふれていた。
組織に属する者は自分の位置付けを確認したがるもの。当時の私にはそういうドロついた感性が既に備わっていた。
先輩社員と上司が醸し出すどことない選民意識。このナンチャラ部はどうやらこの会社でそこそこの位置付けなんだろうと察することができた。
まあ花形とまで言えないが、組織の中でそれなりのステータスだったナンチャラ部に収まり納得する新人(私)の傍らで、他セクションに配属の決まった女性新入社員が突っ伏して泣いていた。
配属ごときで泣くこたぁねぇだろう……と今以上に思ったが、その理由を聞いて多少同情したことを覚えている。
彼女は土日に仕事をしたくなかったのだ。
土日に休日出勤するという意味ではない。
土日がハナから出勤日で休みは火曜・水曜というサイクル。その部署は一般消費者にマンションを販売しているために土日こそ書き入れ時で、理由はそれだけのことだった。
さて、確かに土日の仕事というのは慣れるまで骨が折れるものだ。
土日の世の中には休日気分が流れている。そのために、働いていてもどこか働いている気がしない。
その一方で、平日に休むというのもどうも休んだ気がしない。それは土日に働くことの真逆で、周囲はみんな働いていることによるのだろう。
人は環境に影響を受けている。知らぬ間に世の中のリズムに合わせて生きていると言ってもいい。
土日に働くというの社会全体に流れるリズムに逆らうということなのかもしれない。
かくいう私も最近は土日に仕事をすることが多い。そして平日に休むのだが、自分でどうやってリズムを作るかについていまだに悩むことがある。
土曜の朝、ニュースを見ようとテレビをつければ「旅サラダ」だ。
日曜の朝にいたっては、ほとんどアニメのオンパレード。つまりニュースがない。
土日の新聞はどことなく緩んだムードが漂う。読者側も休みの日まで緊張感バリバリのニュースなど触れたくないだろうからそれも当然だ。
となると、どうなるか……
自分自身でリズムを作る。つまり環境に左右されないために働くモードの土日にはメディアを遠ざけるのだ。
中でも「旅サラダ」のラッシャー板前の登場は完全に労働意欲を殺がれるので気を付けている。
とまあ、書き出すときに考えていたものと全く違う結論で筆を置く。
配属での泣き笑いなど取るに足らぬということだけ加えておきます。