理由
一人で何冊も同じ本を買う理由について考えてみました。
私の友人の細君は常に読書用の1冊、保存用の1冊、都合2冊を購入するのだそうです。
この消費行動には衝撃を受けました。
かの細君は実に合理的な理由で同じ本を2冊まとめて買っている。
確かに本というものは読んでいるうちによれていくし、いつの間にやら手あかにまみれていきます。
それが保存に適さないことは明らかではありませんか。
なぜ、私はこんな当たり前のことに今まで気付かなかったのか!
今強烈に吹いている春一番が全てのちりをきれいに巻き上げて何処ともなく吹き飛ばしてしまうように、本は1冊買えばいいのだという私の既成概念は一掃されました。
私も今後、本は必ずまとめて2冊買います。
さて、のっけから素晴らしい消費行動をご紹介したことで、危うく思考停止しそうになりましたが、もう一度考えてみたいと思います。
なぜ、人は同じ本を複数買うのか?
一見、あり得ないように思えることも角度を変え、発想を変えていけば、見えてくることがあります。
固定概念に縛られれば、何も新しいことは生まれないということなのです。
こういう疑いはないでしょうか?
これは私の旧友Fさんから得た示唆です。
「どれも同じように見える本ですが、中身が本当に同じかどうかなんて誰がわかるんでしょうか?」
鋭いとしか言いようがありません。
これも今まで全く気付かなかった発想と言えるでしょう。
確かに、私たちはこんな経験をしています。
「あの本、面白かったよね? 猫がどうのこうのってやつ」
「えっ? まじで? あれは全然面白くないでしょ。猫が消えるとかカンケーねえし」
みたいな会話をよく電車で聞いたりします。
つまり、同じ本を読んでいるはずなのに、感想が全く違う上に、評価が白黒はっきり別れるという事態。
私はこれまで、これはそれぞれの価値観・感性によるものなのだと思っていました。
しかし、それはどうやら間違いでした。
まさか、表紙は同じだというのに中身が違っていたとは!
なぜこんなに簡単なことに今まで気付かなかったのか……
よくよく周辺を見渡せば、同じ製品だというのに性能が異なることがあることを私たちはごく自然に理解しているではありませんか。
「クソっ、たっくこのF通のスマホときたら、通話してるだけで火箸でも当てられたみたいに温度が上がりやがる」
「ええっ? そんなの大げさだよ。俺も同じの使ってるけど、ブチブチ会話の途中で切れちゃうとかそんな障害しか起きないよ」
みたいな会話をよくスタバなどで聞きます。
つまり、同じ製品でも個体ごとに出来不出来があるということなのです。
それがまさか書籍にも当てはまるとはっ!
今の今まで考えもしませんでした。
これなら、一人が同じ本を何冊も買うことにも合点が行きます。
「ああ、今回のは面白かったなあ。まさかラストが違うとはなあ」
とか
「紀伊國屋新宿本店に出てるヤツがホンスジらしいぜ」
とか
「丸善あたりに並んでるヤツも評判がいいらしいから、片っ端から5冊くらい買っといたぜ」
などという会話が玄人の間でなされている理由がようやくわかりました。
というわけで、一人で何冊も本を買う行動には合理性があるわけです。