知覚されていないなら存在していないのに等しい
それにしても、不特定的な対象に向けた一方的な発信の継続というのはモチベーション維持が大変です。
なんらか反応が得られるなら、まだよいのですが、私のフロクにコメントを残す方も少なく…
もちろん、たまに、「フロク見ています」的なお話もいただくので、誰も見ていないということはないのでしょうが…
ダイレクトに反応を得られない中で、これを継続するというのもなかなか大変です。
転じて、人間、無視されたり、何の反応も返されなかったりすることほど”つらい”ものはないのだなぁと実感します。
何かで読みましたが、「存在するというのは、知覚されているということ」であって、物理的に存在していたとしても、それを誰からも知覚されていないとするならば、それは存在しないことと同義だと…
やはり、知覚されているという確認が人間には必要なんでしょう。
本日はこれまで。