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14歳がターニングポイントとか…

先日、東京大学の玄田有史助教授のお話を拝聴しました。



玄田先生はNEET研究の第一人者。
私も玄田先生の近著は読ませていただいておりました。




何でも、若者がニートになるターニングポイントは14歳だそうであります。
14歳頃に働くことで何かを学び、失敗体験することが重要とか…







私自身、よく覚えているのが、高校生になって(14歳過ぎてますが)、
初めてやったアルバイト。
友人たちと共に、某アルバイト雑誌(いまや競合)を見て、高校生でも
出来るアルバイトを探したものです。





その中で目にとまったのが、後楽園球場のホットドック・弁当の販売でした。
後楽園球場・・・年齢がばれますが、東京ドームの前身というか何というか…
水道橋の駅の近くにそびえる野天の球場があったわけですが、そこでは
高校生でもできる弁当販売のアルバイトがありました。





後楽園球場といえば巨人軍の本拠地。
当時の巨人軍はV9時代を過ぎたとはいえ強かった。
圧倒的な人気でした。
その巨人戦のナイターに弁当売りに行くわけであります。




友人と連れたって、水道橋駅に到着するのが夕方4時頃でしたかね。
赤・青・白のツナギに着替えまして、ホットドックとか弁当とかを担いで
売るわけであります。
何が良かったって、給料が週払い。
現金渡しです。(今じゃ考えられませんな)
そして、完全な出来高制でありました。



もう四半世紀くらい前の話ですが、考えてみると当時、後楽園球場で
売っていた弁当の値段は今と大して変わらなかった。
確かとんかつ弁当が950円とか、幕の内弁当クラスだと1100円とか、
そんなプライシングでしたが、歩合給が販売価格の10%くらいあったわけです。






当時は商売感覚など全くない高校生でしたが、わざわざ水道橋まで行くわけで、
当然なるべく稼ぎたいと考えるわけです。






まずはじめの勝負は弁当を売らせてもらうことでした。
なるべく早く学校を出て、猛ダッシュで後楽園球場へ!
弁当の歩合給は1個あたり100円くらいなのに対してホットドックは販売単価が
低いために歩合も30円くらいでした。
同じ販売活動でこの差は大きい!



ところが、暇な大学生が昼過ぎくらいから職場に入るために、数に限りがある
弁当販売の職を奪われてしまうわけです。
そこで、猛ダッシュです。とにかく早く球場に到着することが重要でした。





更に重要なのは販売方法です(当たり前ですが)。
これは、勉強になりました。






最初、弁当を担いだときには、とにかく球場をくるくると回ることを考えたわけです。
当時の後楽園球場では、販売員は内野席だろうが外野席だろうがとにかく
往来は自由でしたから、とにかく右回りなら右回りでくるくる回っていたわけです。




ところが、それでは業績が大して上がらない。
大学生の中には自分よりも良く売っている人がいる。
何か方法があるはずだと考えたわけです。




まあ、簡単なことなんですが、一番買ってくれそうなところに集中しようと。
となると、バックネット裏でした。
バックネット裏には、法人からもらったチケット類をたくさん持った優良な
顧客が集中していました。
ましてや、バックネットのネット近くで張り付いて観客側を見渡せば、
扇状に客席を捉えることができる。
極めて効率的に発注を受けられるわけです。





それに気付いて以来、バックネット近辺以外に売りに行くことはありませんでした。
友人たちとの売上の差は倍くらいはあったでしょうか。
まあ、販売のコツは一切明かしませんでしたけど…





この体験は勉強になりました。
稼ぐことに興味があるとか何とかというよりも、どうすればもっといい結果が
出るだろうかと知恵を絞るというのが良かった。





玄田先生の話は単なる枕になってしまいましたが、
そんなことで、Ⅰ社としても「14歳の課外授業」に貢献していこうと
考えはじめております。
いずれ披瀝できる時がきたら、具体的に書きたいと思います。