今から5年ほど前。
世間が仮想通貨にざわついていたあの頃、
僕はあえて“落ち着いた頃”に手を出した。



そう、あのネム流出事件のあとだ。

ニュースで大騒ぎになったコインチェック事件。
みんなが「もう仮想通貨なんて終わりだ」と言っている中で、
なぜか僕は「いや、逆に今が買い時じゃないか?」とひらめいた。

いわば、嵐のあとに海に飛び込むタイプ。
我ながらチャレンジャーだと思う(笑)

当時1ネム=40円くらい。
10万円分買って、しばらく放置。
その後、価格がじわじわ上がってきて──
なんと80円台に!

「ほら見たことか!」と心の中でガッツポーズ。
一瞬、億り人の気分になった。

……が、そこからが長かった。
再び下降トレンドに入り、
気づけば1円を割って0.2円あたりをウロウロ。

まるで、すっかり音信不通になった同級生みたいな存在に。

それでも「またいつか!」なんて夢を見て、
取引所にそのまま寝かせていたけれど、
最近ほかの取引所で「ネム取り扱い終了」のニュースが出て、
「これはそろそろ潮時か…」と決断。

僕が使っているビットフライヤーではまだ扱ってるけど、
消える前にきれいに手放すことにした。



結果、10万円が──2700円に!

「これぞ、人生のボラティリティ(値動き)!」
もう笑うしかない(笑)

でも、不思議と後悔はない。
ネムを通して、
仮想通貨の世界の“リアル”を体験できたのだから。

今は残った分を全部ビットコインに変えて放置中。
「1ビットコイン=1億円!」
そんな夢を見ながら、
今日もチャートをチラッと眺めてニヤリと笑う




〜豪華キャスト×圧巻の世界観!物語の幕開け〜

ついに始まりました、三谷幸喜脚本の最新作ドラマ
『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』。

タイトルからして意味深で、どこか哲学的。
“この世”を“舞台”に見立てるという設定は、まさに三谷ワールド全開の世界観です。
しかも主演は菅田将暉。もうこの時点で、見ないわけにはいきません。


---

■ドラマの概要

物語の舞台は、どこか懐かしい昭和の香りが漂う街。
そこには、俳優・芸人・刑事・市民——さまざまな「人生の登場人物」たちが生きています。
しかし、彼らの営みはまるで「舞台劇」のようで、どこか現実離れしている。

「もしもこの世が舞台なら、私たちは誰のために演じているのか?」
——そんな問いかけを軸に、人生と演技、現実と虚構の境界線を描いていく群像劇です。

脚本・演出は三谷幸喜。
彼らしいユーモアと人間観察の鋭さが随所に光ります。
そして主演の菅田将暉が、その“舞台の中の舞台”に迷い込む青年を演じています。


---

■豪華すぎるキャスト陣

三谷作品らしく、脇を固めるキャストが本当に豪華。
ベテランから若手まで、まさにオールスター勢ぞろいの布陣です。
一人ひとりが主役級の存在感を放ち、まるで映画を観ているような贅沢さ。

中でも印象的なのは、舞台俳優・コメディアン・刑事など、
異なる世界の人々が一つの“町”に共存しているという不思議な構造。
それぞれのキャラクターが、どこか“演じているようで素のよう”な絶妙なバランスで描かれており、
三谷幸喜らしい群像劇の妙を感じました。


---

■圧巻のセットと世界観

そして特筆すべきはセットのクオリティの高さ。
昭和の街並みを再現したその光景は、どこを切り取っても美しい。
CGの時代とはいえ、ここまで“質感”を感じさせるセットは久々です。

ネオンが灯る夜の商店街や、古びた劇場の佇まいなど、
画面全体から「昭和へのオマージュ」が伝わってくるようでした。
まるで時間旅行をしているような没入感。
これだけでも一見の価値があります。


---

■初回を観た正直な感想

ただ正直に言うと、初回は少し情報量が多すぎた印象もありました。
登場人物が多く、それぞれにストーリーを持っているため、
1時間という枠ではやや“詰め込みすぎ”に感じた部分も。

有名キャストを活かすために、あれもこれも紹介していくうちに、
本来のテーマが少し霞んでしまったようにも見えました。
ただしこれは、群像劇の宿命でもあります。
初回は世界観の提示とキャラクター紹介がメインだったので、
むしろ次回以降に本当のドラマが始まる予感がします。


---

■今後への期待

次回からは、回ごとに中心となる人物が変わる“オムニバス形式”のような構成になるとのこと。
つまり、それぞれの登場人物の「人生の舞台裏(=楽屋)」が徐々に明かされていくのだと思います。

「演じることとは何か」
「人は誰のために生き、誰に見せるために笑うのか」

そんなテーマが浮かび上がってきそうで、ワクワクしています。
そして、三谷幸喜が描く“人間の滑稽さと美しさ”が、きっとここから真価を発揮するはず。


---

■まとめ

初回はまさに「豪華すぎる幕開け」。
キャスト、セット、演出、どれを取っても一級品。
ただ、その分、物語の整理が追いつかないほどの情報量でした。

しかし、それを補って余りある魅力が詰まっていました。
“人生は舞台”という三谷幸喜らしいテーマを、菅田将暉という稀代の表現者がどう体現していくのか——
この先の展開に大いに期待です。

初回を見終えて感じたのは、「これは“考えるドラマ”だ」ということ。
次回は、よりシンプルに、そして深く心に響く回になることを願っています。



青春時代のヒーロー、グラハム・ボネット。
レインボー、MSG、そしてアルカトラス。
彼の歌声には、ハードロックの激情とポップセンスの両方が同居していた。
まさに“メロディをシャウトする男”だった。
 
 
そんなアルカトラスが、2025年11月7日に新作『PRIOR CONVICTIONS』をリリースする。
イングヴェイ・マルムスティーン期(1983年)とスティーヴ・ヴァイ期(1985年)の名曲を、
現メンバーが再レコーディングしたセルフ・カバー的作品だ。
新曲も2曲収録されるという。
 
 
しかし、今回はグラハム・ボネットも、ドゥギー・ホワイトもいない。
ボーカルを務めるのは、ジャイルズ・レイヴァリー(元WARLORDなど)。
実力派ではあるが、ファンとしてはどこか割り切れない思いが残る。
 
なぜなら、**ドゥギー・ホワイトこそ“グラハムの魂を継ぐ男”**だったからだ。
彼のキャリアを振り返ると、その重なりは驚くほど明確だ。
 
グラハムが在籍した レインボー(1980年) → ドゥギーもリッチー・ブラックモアに見出され加入。
 
グラハムが歌った マイケル・シェンカー・グループ(MSG) → ドゥギーもシェンカーと共演。
 
グラハムが発掘した イングヴェイ・マルムスティーン → ドゥギーも後年イングヴェイのバンドに参加。
 
 
まるでグラハムの軌跡を後ろからたどるように、
同じ道を歩んできたのがドゥギー・ホワイトという男なのだ。
その彼がボーカルを務めていた時期、
“新生アルカトラス”は確かにボネットの魂を受け継いでいたと感じた。
 
――グラハムの魂を継ぐドゥギー・ホワイトがボーカルならまだしも、
まったく新しい声で“あの時代”を再現するというのは、正直、少し違う気がする。
 
とはいえ、オリジナル・メンバーのゲイリー・シェア(B)とジミー・ウォルドー(Key)が健在なのは救いだ。
彼らが守り続ける「アルカトラス」という名に、まだ灯は残っている。
 
正直に言えば、これは“セルフ・トリビュート・アルバム”だ。
だが、アルカトラスは常に変化と再生を繰り返してきたバンドでもある。
今回の再録が、過去の焼き直しではなく、
**“グラハムとドゥギー、二つの魂へのリスペクト”**として鳴り響くことを願いたい。