さて、今日はこの記事の続きです。

 

 

 

 

 

 

「私は大事にされない子なんだ」みたいな思い込みが、

デフォの思考パターンになってしまったら…

 

 

 

 

 

さあ、人生はどうなるのでしょうか!?

 

 

 

 

 

というお話でした。

 

 

 

 

 

家から半径100mが世界の全てだったころの、あなた。

 

 

 

 

 

「いい加減にしなさいッ!!!」

と叱られて、いったい何を感じたでしょうか。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、私がわがままだった」

「お母さんの都合も考えないで」

 

 

 

 

 

…などと思うでしょうか、ねえ。

 

 

 

 

 

そんなはずないほんわか笑い

 

 

 

 

 

あなたはきっと、

 

 

 

 

 

「お母さんは私の言うことを聞いてくれない」

「お母さんは意地悪だ」

「私は愛されてないんだ」

「下の子のほうがかわいいんだ」

 

 

 

 

 

というようなことを、思ったことでしょう。

 

 

 

 

 

それだけでなく(ここ大事!)、

こういうときのお子は、

 

 

 

 

 

「もういい、もう期待しない」
「どうせわかってもらえない」

「私は何をやっても愛されない」





などと子どもなりに絶望し、

未熟な頭でこんなふうに決心する子もまた多いのです。

 

 

 

 

 

まあ、かわいらしいハイハイ笑い

 

 

 

 

 

こういう

「もういい」

「どうせ」

「絶対~しない」

みたいな決心(!)は、自分に呪いをかけるのと一緒です。

 

 

 

 

 

子どもって思考の量も種類も少ないから、

こんな決心でさえ、心の半分くらいを占めたりするのですよ。

 

 

 

 

 

子どものかわいらしい絶望大泣きとはいえ、インパクトは大きい(世界が小さいから)。

 

 

 

 

 

子どもにとってお世話をされて快適な状態は当たり前。水や空気と一緒。

不愉快な経験こそ、しっかりと記憶に刻まれるのです(当たり前じゃないから)。

 

 

 

 

 

そして、盛大な勘違いと呪いは思考のデフォとなり

(思考の量も種類も少ないから、インパクトの強いものがデフォになる)

その後、繰り返しそのパターンを使うことになる。

 

 

 

 


その結果どうなるかというと、
同じ気持ちを味わう体験を、せっせと量産するわけですよ。





早くしなさい、と言われただけで、

「ほら、やっぱり愛されてない」
「やっぱり安心できない」
「誰もわかってくれない」


という解釈をしたがる(もともとの思考パターンが少ないから)。

 

 

 

 

 

暑いからそれ脱いで行きなさい、と言われれば、

 

「ほら、やっぱり愛されてない」
「やっぱり安心できない」
「誰もわかってくれない」

 

 

 

 

 

今日はパパとお風呂に入りなさい、と言われれば、

「ほら、やっぱり愛されてない」
「やっぱり安心できない」
「誰もわかってくれない」

 

 

 

 

 

こうして、「愛されない私の物語」は粛々と創られていくのでありました。

 

 

 

 

 

もちろん、子どもはこんなにはっきり言語化できませんよ。
そのかわり「イメージ」が、潜在意識に積もっていくのです。
イメージは言語より強いキョロキョロ

 

 

 

 


するとそれがあなたのデフォルトの態度や感情になり、





「愛されない」
「安心できない」
「我慢しなきゃいけない」
「合わせなきゃいけない」

と言いたい現実ができる(と感じる)





私もそうだったからよくわかりますよ、

なにかにつけ、それ言いたいんです。

 

 

 

 

 

だって、恨んでるから笑い泣き





私は悪くないのに、怒られたプンプン

私はかわいそうなのに(自分だけ歩かされてるから)

「いい加減にしなさいッ」って言われたプンプン

 

 

 

 


って、恨んでるんだもん。

 

 

 

 

 

はーい、ドラマクイーンww

 

 

 

 


実際には、
愛されていたし、かわいがられていたし、
わがままを聞いてもらったこともある、のに、よ。





でも、そこは圏外です。
本人にとっては当たり前のことなのでね。。

 

 

 

 

 

だから、愛された証拠を誰かに指摘されても

響かない、刺さらない。






だって認めてしまったら、
「愛されなかった私」のドラマができなくなるから、





「そんなの親として当たり前でしょ」で終わる。

 

 

 

 

 

生んだんだから育てるのは当たり前。

子どもが聞き分けがないのは当たり前。

それをどうにかするのが親ってもんでしょ!

 

 

 

 


と思ってるもんね(過去の私です泣き笑い

 

 

 

 

 

つまり、証拠(事実)の問題じゃない。
そんなの愛じゃない!と言って受け取る気がないのです

(過去の私です泣き笑い






そして、時が経ち、

えーん、わたしってば人生迷子なのだーえーん
と一人相撲。

(ええ、ご承知のとおり、これも過去の私です泣き笑い

 

 

 

 

 

でもねぇ、まず、その「愛されなかった物語」から抜けないと、人生動かない。






抜け出しましょうよ。

ねえ?

 

 

 

 

…と言っても、実際はなかなかね。

 

「あんたに私の何がわかるっていうの!!」

「私はこんなにかわいそうだったのに!」

「私はわがままなんか言ったことないんだから!」

 

って言いたくなるでしょ爆  笑

 

 

 

 

 

わかります、わかります、わかります。

 

 

 

 

 

だって、ドラマクイーンが大好きなんだもん爆  笑

 

 

 

 

 

===

 

ときに、、、

この記事の感想をAIに聞いたら、

「すごく刺さる反面、読者によっては反発も出ます」だって。

 

 

 

 

 

そうでしょう、そうでしょう。

私だって、最初は「オマエに何がわかる!」って思ったもんー笑い泣き

 

 

 

 

 

まだ続きがあるので、また書きますねー

 
 
 

 

 

 

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