鳥の言葉を聴くーふたたび睡眠薬中毒の話ー⑨
私とMNの関係は、私が大学に入ってからもずっと続いていました。ところが、そこにヒビが入ることになってしまった。それはひとつには睡眠薬中毒のためです。
直接の原因は、私が仕事で失敗を重ねたためでした。大学在学中から、私はMNの仕事を手伝っていました。今考えるとけっこうな好待遇で、その点からも彼がいかに私に目をかけてくれていたかがわかります。
だいたい私は身体が強くないし、実務ではあまり頼りになるタイプではなかった。それは自分でもわかっていたので、その分真面目に頑張っているつもりではいましたが、そこに睡眠薬が入り込んできた。
まあ、このあたりを詳しく書くとただみじめなだけですが、当然ミスは多くなるし、始終ぼんやりしているし、コミュニケーションもうまく取れない。注意されても直らないことが出てくる。そんなことがしばらく続いたので、MNとの間がだんだん険悪になってきた。
ほかの理由としては、私も高校から大学に入って勉強して、自分なりに世界を広げることになって、MNとは違う考え方を持つようになっていたということもあります。
また、在野で実力だけで仕事をしている人にありがちなことに、彼には偏屈で傲慢な面があり、時折ひどく意地の悪い扱いを受けることがあって、それが嫌になっていたこともある。
とはいえ、さすがに私もそこまで馬鹿ではないから、多少の行き違いはあっても、MNを先生として立てて、なんとかうまくやっていけたはずだと思う。しかし、当時の私がはまり込んでいた睡眠薬中毒がそれを許さなかった。
幸か不幸か私はアルコールが飲めない体質で、嫌なことがあってもやけ酒をしたことはありません。その代わりに当時の私は睡眠薬を飲んだ。睡眠薬で失敗ばかりしているから、それをまた睡眠薬で忘れようとする。アルコール中毒と同じです。
最後の頃は、私は1回で規定の3倍の量の睡眠薬を飲むような真似をしていました。本当は1回1錠なのですが、慣れてしまうと1錠では眠くならず、ただなんとなく楽しくなるだけです。2錠飲めば疲れていれば眠れます。
ところが、3錠飲むと絶対に眠れる。パソコンがシャットダウンするみたいに眠りに落ち込むのです。こんなことを続けていたら深刻な後遺症が残ったかもしれないと今では思います。
こういうわけで、2005年頃の一番ひどい時期には自分でもわけのわからないことになっていました。
(続く)
スリランカ。ポロンナルワ遺跡。
