心の傷と痛みー①

 


「トラウマ・ループ」からの続き)

 


「トラウマ・ループ」では、蛇恐怖症のようなわかりやすい例をあげましたが、こういう話をすると、「私にはトラウマなんてないので」と口をすぼめて得意げに断言する人がいます。

 


この得意げに、という点が心理学的には面白いところですが、これはまずありえないことだと思います。

 


ささやかな「トラウマ」も含めれば、私たちは意外にたくさん抱えているものなのです。

 


真剣に振りかえってみるなら、おそらく100件はくだらないでしょう。

 


私もこうしたリストを作ってみたことがありますが、やはり100件以上ありました。

 


その中から、本当に小さなトラウマをひとつ挙げてみます。

 


以前、私が友達二人と街を歩いていた時のことです。その時は私が中心に喋っていました。そこで私はちょっとしたギャグを思いついたのですが、それには最近出てきたアーティストの名前が出てくるのです。

 


私はもうそのギャグを言いかけてしまっていましたし、あとはその名前を口にすれば良かったのですが、その名前がちょっとややこしいものだったので、最初からかんでしまって友達にはまったく通じませんでした。

 


当然ギャグは失敗で、二人の友達は苦笑して私をちらっと見ただけです。私はひどく気まずい思いをしました。

 


たったこれだけのエピソードです。

 


それなのに、私は長い間この出来事が忘れられませんでした。この時のことを思い出すといつもあの気まずい思いがよみがえり、繰りかえし「恥ずかしい」という苦しい感情を味わったものです。

 


たしかにこれはつまらない出来事です。そんな事があったとしてもまったく気にならない、という人もいるでしょう。しかし、私にはなぜか忘れられませんでした。

 


「旅の恥はかき捨て」と言いますが、そう簡単にかき捨てられるなら恥とは言えないでしょう。

 


その人の心に掻き傷のようにいつまでも残り、いつまでも膿を出し、いつまでもうざったく痛み続けるのが恥の感情の特徴なのです。

 


そして、この恥の感情はトラウマの一種でなくてなんでしょうか?

 


*  ちなみに、私がかんでしまったアーティストの名前は…きゃりーぱみゅぱみゅ。

 


(続く)