全ての失敗はいつの日かの笑い話に -3ページ目

「人として当たり前」


ふと、出来てるか?と考えるタイミングがちょこちょこあります。



これも親からの教えです。

人として最低限の、礼儀、感謝、謝罪を言える人間でありなさい。


関東に就職に出て驚いたのがみんな隣の家とか部屋の人と挨拶しないんですよね。個人的にショックでした。というかしてる方が何この人?みたいな目で見られちゃうというか。


でもそれくらい、小さい頃から近隣の人へ挨拶するのは当たり前。というかしない方がおかしいという考えでした。


そういう親に育てられたのでやはり自分もそういう考えです。

この歳になると根本の部分は余程の事が無い限り良くも悪くも変わりません。

だからこそ、

「あ、この人こういう事出来るんだ。(出来ないんだ)」

とか思うことが多いわけです。


基本的には、私は嫌いな人は嫌い。好きな人は好き。とハッキリ分かれるタイプの人間なので、嫌いな人とも関わりを持てる器用な人間ではありません。

ただどんなに嫌いな人と接した時も普通の人と変わらずに接すると決めています。

なんで?と言われることもあります。

それは、人に分かるように露骨に態度に出す人間の方が俺が嫌いだからです。


人にされて嫌なことは人にするな。

至極当たり前のことです。


相手を考えて行動する。

ただ、時には自分よがりな行動も大事ですがね。




親に小さい頃から人として当たり前のことをできるようにと加えて教えられたことがあります。

それは、「親の顔が見てみたい。」と言わせるような事をするな。という事。


最近になって思うことが増えてきています。

この人は、「これは親に学ばなかったんだろうな」とか。親もこういう人なんだろうな。とか。



もちろんここまでの事全てをいつも完璧にこなせる人はいないと思います。むしろ居たら怖いくらいです。

欠点あっての人ですから。


でも、どんな人であれ、

間違った時には素直にごめんなさい。

何かしてもらった時は、ありがとう。

この2つがすぐ出てこない人間にはなるな。そんな人間はつまらん。

と父によく言われました。


何事も当たり前では無い。

人は当たり前になった時、感謝を忘れる。

身の丈に合った事をしながら、周りの人を大切にしつつも自分をしっかりと持って生きていきたい。



散文失礼しました。

では、また次のブログで。