先週の金曜日、祖父が亡くなりました。
病気で衰弱しながら息を引き取りました。
初めてのお通やに参加して見る祖父の顔は、
思っていたよりも穏やかでした。
もしまだ生きていれば、その苦しみはまだ長く続いたかもしれない。
でももう苦しむ必要もなくなったんだね・・
祖父には5人の娘がいました。
その末っ子の娘に去年、初めて赤ちゃんが産まれました。
ベットの上で寝たきりの祖父が嬉しそうに赤ちゃんを抱いて
名前を呼ぶ姿を思い出します。
祖父は子供が大好きだったと母から聞きました。
じーしゃん、孫がたくさんいて嬉しそうだね。
初孫のわたしはたくさん可愛がってもらったことでしょう。
柩の近くの写真立てにわたしとの写真を見つけて
心が温かくなりました。
今ではもう、思い出すことしかできなくなりました。
お通やでは、久しぶりにたくさんのいとこ達に会いました。
この年になっても、みんなで集まることは嬉しいと感じます。
火葬の日、ついにお別れです。
鼻をすする音が余計に別れを悲しく感じさせます。
柩に花を並べている時、初めて母が声を出して泣きました。
今まで強い母がこんな風に泣く姿を見るのは初めてでした。
感情移入しやすいわたしですが、泣くことは我慢しました。
母の涙の意味はきっともっと深いもので、
わたしの涙はきっともっと浅いものだと思います。
「それでは皆様、最後のお別れになります。お手をお合わせください」
祖父の入った木箱が暗い部屋の中にしまわれました。
お父さん、お父さん、と別れを惜しむ声が聞こえました。
これほど苦しい時間は今までにどれくらいあったことでしょう。
中3の妹が言いました。
「もし将来父と母が死んで、あたしが病気になったら看病してね。」
それから一時間で祖父は小さな遺骨になりました。
もうこれからの人生、祖父との思い出も増えることはなくなりました。
うまいことは言えないけど、周りの人たちとの人生を大事にしたい。
別にこれからの生き方が変わるわけではないかもしれないけど、
誰かと思い出を共有しあえるような
わたしと誰かが生きた記憶を残しながら生きたいと感じます。
じーしゃん、いろんな思い出をありがとう。
わたしの命ある限り思い出の中に生き続けてください。
そしてどうかお元気で。ありがとう。