日々… 、アート・ライフ -61ページ目

日々… 、アート・ライフ

自分の撮影した写真(植物、猫、鉄道)や、旅行記を、ツラツラと… 書きつづってます。

2025年は、終戦から80周年の年です。

私は2005年の8月に広島を初訪問。

その後、20年と2か月の時を経て・・

暑さがおさまった10月初旬に、再訪問しました。

ランニングダッシュ

 

ご存じの方も多いと思いますが、

1945年(昭和20年)8月6日の午前8時15分・・

広島上空を飛行していたアメリカ軍のB29爆撃機が

「リトルボーイ」と呼ばれた、ウラン型原子爆弾を投下。

爆弾は地上ではなく、広島市上空約600メートルの地点で爆発し、

その爆発の瞬間、巨大な熱線、爆風、放射線を発生させました。

 

原爆投下当時、広島市には居住者、軍人、通勤や建物疎開作業への

動員等により周辺町村から入市した人を含め約35万人がいたようです。

爆心地の近くで被災された方は即死、または数日以内に

亡くなられたり、後遺症などで何年も何十年も苦しめられてきました。

1945年末までに亡くなった人は、約14万人と推計されています。

8月9日には、長崎にも原爆が投下されました。

そして8月15日、日本のポツダム宣言の受諾が国民に公表され、

この日が日本の終戦の日となりました。

 

時は過ぎて2024年12月、

日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が

ノーベル平和賞を受賞されました。

しかし、いまだに世界のどこかで戦争が絶えない地球。

「自分の国と国民を守るため」といった言葉を建前に、

核爆弾を保有している国々。

こういったニュースたちをTVなどで観ていて、

改めて自分に「平和について考える」ために、

平和記念公園のエリアを訪れてきました。

 

今回は「本編」として、JR広島駅到着後から

平和記念公園エリアの散策記録を紹介しています。

皆さんも一緒に散歩していきましょう!

下差しウインク

 

 

ゆめみる宝石広島駅・新幹線ホーム

新大阪駅から乗車した新幹線が、無事に広島駅に到着。

ちょうど「広島行き」だったためか、運よく窓側の

席を確保することが出来ました。グッグラサン

 

新幹線を降りて、帰りのきっぷを買ったあと、

さらに3分ほど歩いていくと・・ランニング下矢印

 

 

ゆめみる宝石広島電鉄・広島駅電停

広島電鉄の広島駅電停に到着しました。

2025年8月3日、「駅前大橋ルート」が開業し

路面電車が広島駅ビル2階(ここ)から発着するように

なりました!

写真に写っているのは3900形、愛称:グリーンライナー。

偶然にも、11時11分のゾロ目時刻に撮影出来ました!

カメラハッびっくり

 

写真撮影のあと、上矢印の折り返し便である

「宮島口」行きに乗車すること約15分で・・

下差しほっこり

 

 

ゆめみる宝石広島電鉄・原爆ドーム前電停

無事に到着しました!ニコ

 

広電・原爆ドーム前電停のとなりの車道を渡ると

20年前の訪問時と変わらない光景が目の前に・・

キラキラ

日本人観光客も、外国人観光客も、皆が思わず

言葉をのみこみ、しばし無言で建物をながめます。

次から次へと人が行きかっていて、なかなか

主役だけを撮影出来ません。カメラアセアセ

周囲を見渡すと、右手側の少し離れたところに下差し

 

ゆめみる宝石案内板

周辺地図をしばらく凝視・・うーん

この時、ようやく「広島駅に着いたときに、

原爆ドーム周辺の無料の観光マップをもらうのを

忘れていた」という事に気が付いたのでした笑い泣き

実は私は慣れない土地では道に迷いやすいんで、

現在地と、どっちの方向に行けばいいのか?を

じっくりと脳に書き込みました。ガーン

 

色々と考えた末に最初に向かったのは、すぐ近くの・・下差し

 

ゆめみる宝石相生(あいおい)橋

少し前に乗っていた広電がこの橋の中心付近を走ってます。

なので、「電車が橋を渡るところを写真に撮りたいキラキラ

って思ってカメラを構えてスタンバってましたが、

電車よりこちら側を車がビュンビュン走ってたり、

街灯の支柱が電車より目立ってたり・・で惨敗えーん

なので、早々に思考を切り替え、次の映え構図探し。

まもなく「そういえば・・びっくり」とひらめいて、

相生橋の上に移動して、そこからパチリ!

下矢印カメラハッ真顔

いい感じに撮れました!ほっこり

ちなみに、後で訪れる平和記念資料館の中の

展示の中で、原爆の投下目標地点は相生橋だった

という事を知りました。

爆弾 ガーン

 

撮影後に再度、場所移動しまして・・ランニング

 

ゆめみる宝石原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)

相生橋の上空で原爆が爆発したことにより、奨励館も

一瞬にして廃墟になってしまいました。えーん

 

ゆめみる宝石原爆ドームの案内モニュメント

 

 

建物の中に目を向けると、「まだ人がいるんじゃ?」

と思えるような、不思議な空気が感じられました。

アセアセ

 

 

モノクロでも撮ってみました。カメラハッ

 

原爆ドームの撮影に区切りをつけて、次の場所に向かいます。

スノボ

 

ゆめみる宝石元安川(もとやすがわ)と元安橋

橋を渡った向こう側は「平和記念公園」です。ニコ

公園内で最初に目に飛び込んできたのが下差し

 

ゆめみる宝石動員学徒慰霊塔

被爆当日、市内で建物疎開作業を行っていた国民学校高等科以上の

生徒、約6,300人が犠牲となりました。
また市内の各事業所に出ていた多くの学徒も犠牲者となりました。

この慰霊塔は、遺族による募金によって建てられました。

高さ12メートルの5層の塔は有田焼の陶板で覆われ、

一番下には、尾道市出身の彫刻家、円鍔(えんつば )勝三氏が

制作された「平和の女神」像下矢印が飾られています。

 

 

ゆめみる宝石案内標識

デジタル化やAI化の波にも負けない、純アナログの

案内標識は、思った以上にたくましいようです!

上矢印の奥に少し写っているのが下差し

 

 

ゆめみる宝石原爆の子の像

2歳で被爆し10年後に白血病で亡くなった佐々木禎子(さだこ)さんの

死をきっかけに、原爆で亡くなった子どもたちの霊を慰め

平和を築くための像をつくろうという運動が始まりました。

運動は全国的な広がりを見せ、約3年後の1958年5月に像は完成。

頂上には折り鶴を捧げ持つ少女のブロンズ像が立ち、

平和な未来へ夢を託しています。にやり

 

塔の内部には、少年少女たちの気持に感動した

ノーベル物理学賞受賞者である湯川秀樹博士の筆による

「千羽鶴」、「地に空に平和」の文字が彫られた銅鐸を

模した鐘がつられ、その下に金色の鶴がつるされ、

風鈴式に音がでるようになっています。下差し

(この鐘と金色の鶴は、2003年に複製されたものです。)

原爆の子の像の周辺には、折り鶴を捧げられるよう

「折り鶴ブース」が設置されていました。

 

原爆の子の像を撮影した後に、後ろを振り返ると下矢印

 

ゆめみる宝石平和の灯と平和記念資料館(本館)

思った以上に広くかったので、だいぶ後ろに下がって

場の雰囲気を撮影しました。

撮影後、もう少し向こう側に移動して・・ランニング

 

ゆめみる宝石平和の灯と平和の池、原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)

この日も、写真中央に写る「平和の灯」は

力強くメラメラと燃えていました。炎

上矢印の池の向こう側の、慰霊碑の向こう側にまわって・・下矢印

 

ゆめみる宝石平和の灯、平和の池、原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)

 

さらに慰霊碑の花の前に行って・・ランニング

手を合わせ黙とうにやり拍手 をささげた後、

撮影させていただきました。カメラハッ

そして、後ろを振り返り・・下矢印

 

ゆめみる宝石平和記念資料館(本館)

上矢印の建物の下に行くと「入口はこちら」と下矢印

 

ゆめみる宝石平和記念資料館(東館)

ネットで事前にチケットを購入できるようです。

私も当日朝にサイトにアクセスしてみたんですが、

カード決済とかが面倒だったので諦めました。

そうした経緯から資料館の入館は無理なのか?アセアセ

思ってましたが

よっぽど満員などの場合を除いて、基本的に当日券も

購入は出来るんですね。キラキラ

・・で、機械で当日券を購入し入館。

約2時間かけて、展示資料を鑑賞させていただきました。

えーん

本当はもう少しゆっくり見学していたい気分でしたが、

新しく入ってくる情報量に対し、私の脳の処理能力が

追いつかずに「モウムリデース!アセアセ」と

言ってきたので、今回の勉強会は終了。

 

ゆめみる宝石平和記念資料館(本館)

資料館を観覧後に、あらためて本館を見ると・・うーん

戦争で亡くなった方々の魂が静かに眠っている感じがして、

まるで建物が「大きな棺(ひつぎ)」に見えてきました。

(悪い意味ではなくて)にやり

 

そして資料館から原爆ドームの方を見ると下矢印

修学旅行生やら校外学習の小学生やら・・・

観光客がいっぱい!びっくり

彼らはこれから資料館に行くみたいです。ニコ

 

この他の場所も、午後からは、どこを見ても

人がいっぱいになっていました。ほっこり

そして公園内を歩いて下矢印

 

ゆめみる宝石原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)

元安川越しの原爆ドームを・・・カメラハッ

カラー・バージョン上矢印と、

モノクロ・バージョン下矢印

 

このあと、再び広電・原爆ドーム前電停に戻り、

JR広島駅から新幹線で帰路につきました。

新幹線後ろ新幹線真ん中新幹線前

 

平和公園エリア内も、まだ見れてない所が

たくさんあるんで、また訪れたいなと思いました。

ほっこり

 

 

また、広島訪問日の行きと帰りの様子を

「広島へGO! (鉄道編)」として、そのうち

公開する予定です。(現在制作中)

爆笑

 

おしまい