趣味で制作中の「東海道絵図」の新作が、
また新たに完成しました!
今回は『石薬師(いしやくし)宿』が舞台です。
ど~ぞ![]()
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主題:東海道五拾三次之内 石薬師
副題:笑顔の石仏
石薬師宿は・・・
江戸から数えて44番目の宿場町です。
1616年に、宿場として制定されました。
本陣3軒、脇本陣0、旅籠(はたご)15軒と規模は小さめで、
主に休憩のために立ち寄る事が多かった様です。
現在は三重県鈴鹿市に位置しています。![]()
では、作品の制作前の調査旅の様子をごらんください。
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最寄り駅はJR関西本線の河曲駅。![]()
ここから東海道の宿場エリアまでは、
コミュニティバス
でも行けますが
私は歩くことにしました。
~
JR関西本線の踏切。
この踏切を左から右に歩いた先には![]()
分かれ道があり、分岐点に「公家ヶ坂」と
刻まれた石柱を発見。![]()
ネット検索すると「平安時代の歌人・山辺赤人や、
朝廷に関わる歴史的な逸話や伝説が残る場所と
されています」と出ました。
歩き進めていくと、持参のガイドブックには
載っていなかった新情報を発見![]()
昔、この地にお城があったようです。![]()
さらに少し歩いていくと〜〜![]()
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蒲冠者範頼(がまのかんじゃのりより)を祀った
御曹子社(おんぞうししゃ)がありました。
範頼は源頼朝の弟で、武道、学問に優れていた
ことから、それらの願望成就の神様として
祀られています。![]()
そして御曹子社のすぐ近くに![]()
今回のメインスポットである石薬師寺です。![]()
726年に泰澄(たいちょう)という高僧が大地の
地割れで現れたという巨石を「薬師如来が民衆を
救うために現れたのだ」と感じ、堂を建て
祀られたのが始まりとされています。![]()
しかし、戦国時代に織田信長の侵攻で焼失。![]()
その後(1629年)、伊勢神戸藩主の一柳直盛
(ひとつやなぎなおもり)が再建しました。
石薬師寺のご本尊は、弘法大師空海が一夜のうちに
爪で彫ったといわれる薬師如来(秘仏)。
その如来像が石で出来ていることから「石薬師」と
呼ばれ、のちに宿場名の由来となりました。
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初代・歌川広重も石薬師宿の風景として、
ここ石薬師寺の山門と周辺を描いた作品を
制作されています。
中に入り右を向くと・・![]()
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本堂につづく参道。
参道に進み顔を上に向けると・・
太陽光を浴びたカラムラサキツツジの花が、
美しく咲いていました。
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参道を歩き進めていくと![]()
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「百度石」と刻まれた石柱と石仏がありました。![]()
石仏は「石薬師寺へようこそ」と言っているよう。
慈悲深く、優しい眼差しで出迎えてくれました。
頭のニット帽が似合っていてカワイイ!
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ちなみに今回の絵は初めて訪問した2018年の
時に撮影した写真を基に描画。![]()
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その時はニット帽は被られていませんでした。![]()
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さらに奥には、もう一対の百度石と本堂![]()
本堂の手前で左を向くと![]()
初代・歌川広重が石薬師寺を描いた作品を
模写した案内板と、寺の歴史が書かれた
案内板がありました。![]()
本堂でお参りを済ませ、石薬師寺を後にしました。
旧東海道を歩いていくと、石薬師寺の北側に![]()
「瑠璃光橋(るりこうばし)」と名付けられた
青色の橋がありました。![]()
この橋の下は川ではなく、「国道1号線」でした。
三
橋を渡って右に折れた東海道をそのまま
まっすぐ歩いていくと、まもなく![]()
佐佐木信綱(ささきのぶつな)資料館がありました。
信綱は石薬師出身の歌人かつ国文学者でもあり、
昭和12年に第1回文化勲章を受章。
当館では、著作や遺品などが収蔵・展示されています。
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石薬師宿のエリア内では、
信綱の詠んだ歌が書かれた
「歌かるた」と
呼ばれる案内板が、いろいろな所で見ることが
出来ました。![]()
資料館からさらに北に足を進めると、石薬師宿に
あった3軒の本陣の1つ「小沢本陣」の建物跡が
ありました。![]()
本陣は、大名や公家などが利用した宿泊施設です。
小沢本陣跡のさらに北には![]()
「石薬師の氏神様」といわれる大木神社![]()
この神社は延喜式(えんぎしき)内社で、
延喜年間(901年~922年)には既に
存在していたという由緒ある神社です。
天照大神(あまてらすおおみかみ)や
須佐之男命(すさのおのみこと)のほかに
九柱の神様が祭られています。![]()
(こちらの写真は2018年の訪問時に撮影)
実はこの日は石薬師宿に行く前に
庄野宿へ向かっていました。![]()
しかし私の調査不足で庄野宿資料館は
「休館日」でした(ネット等で公開済)。
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そんなわけですぐ隣りの石薬師へ移動。
ここ石薬師宿内を散歩しているときも、
上記の理由からやや疲れ気味でした。![]()
さらに最後の追い打ちは・・
河曲駅に戻る途中の(本記事に登場した)
踏切で、乗りたかった亀山行き電車を
見送る事態に。![]()
駅の周辺には飲食店などはなく、
次の名古屋行き電車が来るまで約40分、
駅のホームで待つことになりました・・・
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おしまい
前回の東海道絵図・発表会はコチラ![]()
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