自作「東海道絵図」シリーズ No.12(石薬師)完成! | 日々… 、アート・ライフ

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自分の撮影した写真(植物、猫、鉄道)や、旅行記を、ツラツラと… 書きつづってます。

趣味で制作中の「東海道絵図」の新作が、

また新たに完成しました!

今回は『石薬師(いしやくし)宿』が舞台です。

ど~ぞ下差し爆笑

 

主題:東海道五拾三次之内 石薬師

副題:笑顔の石仏

 

石薬師宿は・・・

江戸から数えて44番目の宿場町です。

1616年に、宿場として制定されました。

本陣3軒、脇本陣0、旅籠(はたご)15軒と規模は小さめで、

主に休憩のために立ち寄る事が多かった様です。

現在は三重県鈴鹿市に位置しています。ニコ

 

 

では、作品の制作前の調査旅の様子をごらんください。

下矢印ランニング

 

最寄り駅はJR関西本線の河曲駅。うーん

ここから東海道の宿場エリアまでは、

コミュニティバスバスでも行けますが

私は歩くことにしました。ランニング

 

JR関西本線の踏切。

この踏切を左から右に歩いた先には下矢印

 

分かれ道があり、分岐点に「公家ヶ坂」と

刻まれた石柱を発見。びっくり

ネット検索すると「平安時代の歌人・山辺赤人や、

朝廷に関わる歴史的な逸話や伝説が残る場所と

されています」と出ました。

 

歩き進めていくと、持参のガイドブックには

載っていなかった新情報を発見下矢印

 

昔、この地にお城があったようです。びっくり

 

さらに少し歩いていくと〜〜バレエ下矢印

 

蒲冠者範頼(がまのかんじゃのりより)を祀った

御曹子社(おんぞうししゃ)がありました。

範頼は源頼朝の弟で、武道、学問に優れていた

ことから、それらの願望成就の神様として

祀られています。キラキラ

 

そして御曹子社のすぐ近くに下矢印

 

今回のメインスポットである石薬師寺です。ニコ

 

726年に泰澄(たいちょう)という高僧が大地の

地割れで現れたという巨石を「薬師如来が民衆を

救うために現れたのだ」と感じ、堂を建て

祀られたのが始まりとされています。うーん

しかし、戦国時代に織田信長の侵攻で焼失。炎
その後(1629年)、伊勢神戸藩主の一柳直盛

(ひとつやなぎなおもり)が再建しました。

石薬師寺のご本尊は、弘法大師空海が一夜のうちに

爪で彫ったといわれる薬師如来(秘仏)。

その如来像が石で出来ていることから「石薬師」と

呼ばれ、のちに宿場名の由来となりました。

ニコ

初代・歌川広重も石薬師宿の風景として、

ここ石薬師寺の山門と周辺を描いた作品を

制作されています。

 

中に入り右を向くと・・うーん下矢印

本堂につづく参道。

参道に進み顔を上に向けると・・

太陽光を浴びたカラムラサキツツジの花が、

美しく咲いていました。

ほっこり

 

参道を歩き進めていくとランニング下差し

 

「百度石」と刻まれた石柱と石仏がありました。キラキラ

石仏は「石薬師寺へようこそ」と言っているよう。

慈悲深く、優しい眼差しで出迎えてくれました。

頭のニット帽が似合っていてカワイイ!

ラブ

ちなみに今回の絵は初めて訪問した2018年の

時に撮影した写真を基に描画。鉛筆ニコ

その時はニット帽は被られていませんでした。ほっこりあせる

 

さらに奥には、もう一対の百度石と本堂下矢印

 

本堂の手前で左を向くと下矢印

初代・歌川広重が石薬師寺を描いた作品を

模写した案内板と、寺の歴史が書かれた

案内板がありました。キラキラ

本堂でお参りを済ませ、石薬師寺を後にしました。

 

旧東海道を歩いていくと、石薬師寺の北側に下矢印

「瑠璃光橋(るりこうばし)」と名付けられた

青色の橋がありました。びっくり

この橋の下は川ではなく、「国道1号線」でした。

車

 

橋を渡って右に折れた東海道をそのまま

まっすぐ歩いていくと、まもなく下矢印

佐佐木信綱(ささきのぶつな)資料館がありました。

信綱は石薬師出身の歌人かつ国文学者でもあり、

昭和12年に第1回文化勲章を受章。

当館では、著作や遺品などが収蔵・展示されています。

びっくり

 

石薬師宿のエリア内では、

信綱の詠んだ歌が書かれた上差し「歌かるた」と

呼ばれる案内板が、いろいろな所で見ることが

出来ました。ほっこり

 

資料館からさらに北に足を進めると、石薬師宿に

あった3軒の本陣の1つ「小沢本陣」の建物跡が

ありました。うーん

本陣は、大名や公家などが利用した宿泊施設です。

 

小沢本陣跡のさらに北には下矢印

「石薬師の氏神様」といわれる大木神社神社

この神社は延喜式(えんぎしき)内社で、

延喜年間(901年~922年)には既に

存在していたという由緒ある神社です。

天照大神(あまてらすおおみかみ)や

須佐之男命(すさのおのみこと)のほかに

九柱の神様が祭られています。ニコ

(こちらの写真は2018年の訪問時に撮影)

 

 

実はこの日は石薬師宿に行く前に

庄野宿へ向かっていました。ランニング

しかし私の調査不足で庄野宿資料館は

「休館日」でした(ネット等で公開済)。

ガーン

そんなわけですぐ隣りの石薬師へ移動。

ここ石薬師宿内を散歩しているときも、

上記の理由からやや疲れ気味でした。アセアセ

さらに最後の追い打ちは・・

河曲駅に戻る途中の(本記事に登場した)

踏切で、乗りたかった亀山行き電車を

見送る事態に。ぐすん

駅の周辺には飲食店などはなく、

次の名古屋行き電車が来るまで約40分、

駅のホームで待つことになりました・・・

笑い泣き

 

おしまい

 

 

前回の東海道絵図・発表会はコチラ下差しグラサン