ちょっといい和 Take.71 <東海道編38 - 石薬師宿→四日市宿前編> | 日々… 、アート・ライフ

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自分の撮影した写真(植物、猫、鉄道)や、旅行記を、ツラツラと… 書きつづってます。

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このコーナーは、私が東海道五十三次を

京都から江戸(東京)に向かって、

ちびちびと歩いている記録を、

文と写真でつづっています。

まずは「(徒歩で)日本橋に到達する」を

目標に掲げて、頑張っています!

グーおーっ!

私の東海道旅は「広重の浮世絵作品」を

キーワードとしています。

歩く=

 

これまでの旅の記録は、メニューあるいは

こちらの目次 をごらんください!

 

三 電車電車        神社 波 富士山

 

 

ちょい和・東海道編です!ニコ

今回は石薬師宿から四日市宿を歩きます。

 音譜  

 

まず移動ルートを確認しましょう!下差し

 

 

< 前編のおおまかな流れ >

①石薬師宿・本陣跡

        下矢印

②石薬師宿・北の入口

        下矢印

③采女(うねめ)一里塚跡

        下矢印

④ポケットパークと内部(うつべ)橋

        下矢印

➄あすなろう鉄道・内部駅

        下矢印

⑥小許曽(おごそ)神社

        下矢印

⑦追分(おいわけ)駅

 

 

では、本編をどうぞニコ下差し

 

 

日時:4月26日(木)  天気晴れ 時々くもり


今回の出発地点は・・・



矢印石薬師宿の小澤本陣跡です。ニコ
時刻は、朝の10時ちょうど。腕時計
四日市宿へ、いざまいらん!まりおたん




上矢印青と水色の中間のような、清々しい空を見ながら
足を進めていきます。ニコ




上差し所々に見かけた歌かるた。うーん

道路の右側に目を向けると・・↓



民家の塀に、江戸時代の石薬師宿の様子を
垣間見ることが出来ます。爆笑


前回訪問した大木神社(奥)下矢印



・・を通り過ぎ、ランニング




もうそろそろ石薬師宿の端かな?うーん
とか考えて歩いているとダウン



目の前に現れたのは、北町の地蔵堂。
またの名を「延命地蔵」地蔵
出発からの距離は600m、時間は10分。
誰が建てたかは不明、と案内板に。びっくり
旅の安全を願い、手を合わせておきます。
にやり拍手    神社


さらにすぐとなりに目を向けると、



上矢印石薬師宿の北の入口の道標がありましたニコ
あわせて「信綱かるた道」についての説明板もあります。
 
 
北の入口の道標の先は



国道1号線(現東海道)に合流していました。
ここからしばらく、この1号線沿いに歩きます。
 
途中、地下通路を利用して道路の反対側に渡り
さらに10分ほど歩いた所の交差点で、
信号機の横の標識に目をやるとえー?下矢印




おぉ~、四日市(よっかいち)市に突入!
グーゲラゲラクラッカー
この時点で、出発からの距離はちょうど2km、
歩行時間は29分です。
 
しか〜し、ここからが長かった・・笑い泣き


ガイド本で事前勉強した時に、この先に
「采女一里塚跡」があるとの情報アリ。爆笑
 
一里塚(いちりづか)とは、江戸幕府が
東海道を整備した際に、道中の目安となるように
街道沿いに一里(約3.9km)ごとに設置した塚の事です。
サーチニコ
 
辺りをキョロキョロしながら歩いてると



上矢印なんか、わたがしのような木を発見ほっこり
まさかコレが一里塚跡か?うーんとか
思ったりもしましたが、残念ながら違いましたガーンあせる

もう少し東に歩けば見つかるんじゃ?えー?
と思い



期待に胸を膨らませて・・
歩いてるんですが、いっこうに一里塚跡らしき物は
見つかりませんショック
 
 
周囲の木々が少なくなってきた頃、道路は下り坂にさしかかり
木と木の間から四日市の工場の煙突と街並みが見えてきました!
下差しキラキラ



この時、子どもの時に社会の授業で
「四日市コンビナート」と「四日市ぜんそく」について勉強した事を
ふと、思い出したのでした。にやり


無心で歩いているとダウン



大阪から141km・・・ニコ
「大阪」の言葉に、懐かしさすら感じます笑い泣き
 
 
もう少しして道路の反対側を見ると



上矢印ガイド本で土産にと紹介されていた菊屋さん。うーん
「采女の杖衝(つえつき)」というモナカが人気だそうです。
 
 
ここで衝撃の真実が発覚!ガーンハッ
ガイドマップによると上矢印の菊屋さんが見えた時点で、
采女一里塚跡はとっくに通り過ぎており、
血塚社、杖衝坂、うつべ町かど博物館の3つの
チェックポイントも見逃してしまった、という事でした。
あせる
 
 
とはいえ、先はまだ長いので、気を取り直して
足を前に進めていきます。イヒ
 
 
間も無く見えてきたのが下矢印



花壇の花がキレイですね〜ほっこり
ポケットパークになっており、屋根の下のベンチで休憩が出来ます。
私もここで少し水分補給を・・ジュースゲラゲラ


すぐ先に内部(うつべ)川が流れていて、



上差しの内部橋を、手前から奥に向かって歩いていきます。ランニング


橋を渡り、普通の民家の間を歩いていくと
右手側に駐車場と、ミョーに空間が・・しょんぼり
のぞきに行ってみると下矢印



線路があり、向こうの方には電車も見えますキラキラ
ここから5分ほど歩いて・・



四日市あすなろう鉄道・内部駅に到着です。爆笑
出発からの距離は約5.3km、時間は1時間1分。
この鉄道は以前、近鉄線でしたが2014年3月に
第三セクター鉄道として四日市市が運営する形で
再始動したそうです。
ニコ

駅前には、いま私が歩いている旧東海道が下矢印



周囲に高層ビルは無いので、空が広く見えます。キラキラ

また、すぐ近くの街道沿いに



上矢印この道が東海道だった事を示す道標うーん
天気が良かったんですが、写真撮影はひと苦労です。
(逆光になったり)
ほっこりあせる


足を進めていくと、街道の要所要所にダウン



この様に案内板が掲げられていました。うーん
おかげで、私の様な東海道ウォーカーも
安心して歩けますね。ニコ


先ほどの内部駅から歩いて約13分のところに



上矢印小許曽(おごそ)神社がありました。
出発からの距離は約6.2km。
写真の左端を見て頂くと分かりますが、
小古曽と小許曽の2種類の表記がある様です。えー?
この違いについて、解説をネットで見つける事は
出来ませんでしたショック
 
この小許曽神社は、「延喜式(えんぎしき)内社」との事。
平安時代、醍醐(だいご)天皇は延喜5年(927年)に
全国の
官社を記載した神名(じんめい)帳を
編さんされました。
その神名帳に名が載っている神社は
「延喜式内社」と呼ばれています。ニコ
つまり延喜式内社は、千百年余りの歴史がある、
という事ですねびっくり
 

小許曽神社から約10分、歩くと・・



上差しキレイなオレンジ色の電車が目の前を横切って行きました!ねー
ここで右を向くと・・・

 

上差し追分駅がありました。ねー

出発から1時間39分、距離は約7.3kmでした。

 

 

 コーヒーにやり

ここで一旦、休憩です。

 

後編は、この追分駅を出発して、

四日市宿に向かいますグッ爆笑