このコーナーでは、私が東海道五十三次を
京都から江戸(東京)に向かって、
ちびちびと歩いている記録を、
文と写真でつづっています。
まずは「(徒歩で)日本橋に到達する」を
目標に掲げて、頑張っています!![]()
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私の東海道旅は「広重の浮世絵作品」を
キーワードとしています。
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過去記事のテーマ分類を
「東海道五十三次の旅」として新しく設けました。
今後は五十三次散策の記事にすぐアクセス出来ます!![]()
これまでの旅の記録は、メニューあるいは
こちらの目次 をごらんください!


三 ![]()
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ちょい和・東海道編です!![]()
今回は亀山宿から庄野宿の徒歩・前編です。
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まずは移動ルートを地図で確認しましょう!![]()
< 前編のおおまかな流れ >
①亀山宿本陣跡
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②江戸口門跡
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③本町広場(巡見道)
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④和田一里塚跡
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➄石上寺(せきじょうじ)
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⑥和田道標
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⑦JR井田川駅
では、本編をどうぞ![]()
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日時:3月9日(金) 天気:
時々
所 ![]()
時刻は、朝の10時ちょうど。
今回は、亀山宿の本陣跡からスタートします。
ここは亀山城下の東の端。
その昔、門と番所があり、
行き来する通行人を見張っていました。
行き来する通行人を見張っていました。
複数の家々の玄関先に立てかけられていました。
和田一里塚跡です。
出発から39分、距離は約2.5km。
街道側には、説明の看板がありました。
出発から39分、距離は約2.5km。
街道側には、説明の看板がありました。
一里塚は、街道を往来する人の目印になるように
一里(約3.9km) ごとに設置されました。




さらに歩くと・・
さらに歩くと・・
水仙のフラワーロードが終わったあたりで
この寺を開かれたそうです。
同年に弘法大師が真龍の元を訪れ、
当寺にまつれれている地蔵菩薩を刻んだ、との事。
ご本尊は、子安延命地蔵菩薩。
写真の右上にカラフルな旗が写ってますね。
これは伊勢七福神を案内する旗です。



この坂を上がってすぐ目の前の建物内に
布袋さんがまつられていました。
何かに導かれる様に中に入っていきます。
〜
本堂

ほどよい静けさが日々の雑念をかきけしてくれます。
本堂の脇にたたずむ子安地蔵像

足元と左手にいる小さい子が、かわいらしいですね。
同年に弘法大師が真龍の元を訪れ、
当寺にまつれれている地蔵菩薩を刻んだ、との事。
ご本尊は、子安延命地蔵菩薩。
写真の右上にカラフルな旗が写ってますね。
これは伊勢七福神を案内する旗です。
この坂を上がってすぐ目の前の建物内に
布袋さんがまつられていました。
何かに導かれる様に中に入っていきます。
〜
本堂


ほどよい静けさが日々の雑念をかきけしてくれます。
本堂の脇にたたずむ子安地蔵像

足元と左手にいる小さい子が、かわいらしいですね。
後ろの建物は、公民館だそうです。
正面に「南無妙法蓮華経」と刻まれてます。
谷口法悦という人は日蓮宗の篤信者で、
17世紀末頃に、各地の寺院や街道筋などに題目塔とよばれる
写真の様な塔を作っていったそうです。
亀山市指定有形民族文化財との事。
天気予報では、くもり一時雨となってましたが
天気予報では、くもり一時雨となってましたが
やはり青空を見ながら歩くのは気持ちが良いですね。
現在の東海道である
またいですぐ目の前には、JRの線路が見えました。
シャチホコがいます!
駅名看板と名古屋行き電車をパチリ

後で駅の時刻表を見ると、この時間帯、
1時間に1本しか来ないんですね~
いやぁ、運が良かったです。
実は、この井田川駅は、
今回の亀山宿→庄野宿ウォークの
ほぼ中間点にあたります。
・・・というワケで、
後で駅の時刻表を見ると、この時間帯、
1時間に1本しか来ないんですね~
いやぁ、運が良かったです。
実は、この井田川駅は、
今回の亀山宿→庄野宿ウォークの
ほぼ中間点にあたります。
・・・というワケで、
ここで一旦、休憩です。![]()
お話は後編に続きます。![]()
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民家の間を進んで行きます。











広重の作品と併せて、ここ和田の説明がされていました。






