続きです。

これに、ヘッドホンが入る純正キャリングケースと、単一乾電池が入る増設用バッテリーケースを準備して、この旅行に望みました。

カセットの内容は、90分テープの片面45分に、まるまる入る放送プログラム、NHKの「ひるの歌謡曲」のポップス特集のエアチェック物です。

今は、別のタイトルのプログラムに変わり、時間も変わったようですが、録音したマイクロSDカード等をicレコーダーで聴ける時代ですから、カセットに収める計算をしなくていいので、助かります(苦笑) 。

カセットテープをケースから取り出し、ウォークマンにセット、バッテリーケースをアダプター端子に繋ぎ、ヘッドホンを付けて、準備は完了。

番組の始まりの曲が流れ、mcが入り、プログラムが告げられ、曲が始まりました。

幾つかの曲が流れ、「夏のクラクション」のイントロが流れて来た時、言い知れない思いが溢れ、目頭が熱くなりました。

18、9の、まだまだ大人とは言えない、青臭い年齢であり、当然ながら、車を持てる年齢でもありません。

バスから見える車窓からの流れる景色と、社会人として始まったばかりの不安、学生時代と、その時代の仲間との別れの心情等が、曲をきっかけにして、一気に溢れてしまっただと思います。

感情が揺さぶられた曲はいくつかありますが、あの時は、大人になる一つのきっかけを告げられた、始まりの出来事だったのかも知れません。

酒乱の最中の、慰安旅行バスの中、こんな想いになったのは、恐らく、当方だけだと思います。まあ、一生に一度、あるかないかの出来事だったかも知れません。

あまりいい記憶が無かった慰安旅行でしたが、この一つは忘れられない思い出になっています。

当方の個人的な想いは別として、曲のクオリティはかなり高いので、是非一聴をお勧めします。

尚、蛇足になりますが、当方は、稲垣潤一さんの出身学校の後輩に当たります。

ではまた。

続きです。

独断と偏見で楽曲を紹介する三回目、表現等に失礼なところ等があった場合、どうかご容赦を頂ければと思っております。

たいていは楽曲のファンではありますが、アーティストとしての「色」にファンになることも少なくありません。

夏の終わりに相応しい楽曲があります。

通常なら、井上陽水さんと玉置浩二さんの名曲、「夏の終わりのハーモニー」を、年齢が上の方なら、陽水さんの、これも名曲の「少年時代」を挙げることは、ある意味で鉄板の楽曲です。

勿論、異論はないでしょう。ハマり過ぎるくらいにハマる楽曲に、間違いは有りません。

でも、当方の場合、そんな素敵な情景は、考えましても似合いません。

夏の終わりでなければ、カッコ悪い主人公にうってつけの、爆風スランプの、あの名曲、「リゾ・ラバ(リゾート・ラバーズ)」を一押しに挙げます。そして、時代を懐かしむなら、あの不朽の名曲、吉田拓郎さんの「夏休み」を挙げます。現実は、間違いなく、そんな感じに近いと思うのですが。

それでも、男子の片意地と言いますか、実現可能かどうか分からない、期待と不安の待つ、男の夢の道連れにしたくない、やせ我慢の、ギリギリの想いが想像出来る楽曲があります。

作詞が秋元康さん、作曲が御大・筒見京平さん、編曲が井上鑑さん、アーティストは稲垣潤一さんという超豪華メンバーの楽曲、「夏のクラクション」です。

これはマジに凄い楽曲だと感じましたのは、普通に聴いても、と言いますか、何気に聴いても、いい曲ではあるのですが、車の中、それも、高速道路を走行中の状況であるなら、相当に曲の情景にハマりまくる事、受け合いです。

もう30年近く前、高卒で、車両の整備工場に就職し、社会人としてのスタートを切り、少しして、初めての慰安旅行が職場であった時の出来事でした。

大型バスを貸し切り、バスは一路県北へ。先輩諸氏は、後ろのシートで酒盛り。そう、ここの職場は、お酒に強い方々ばかりの勤務先だったのです。

車酔いを考え、前のほうのシートを確保した当方は、酒乱の騒ぎに閉口しながらも、騒ぎに巻き込まれなかったことに安堵し、自分の荷物の中から、こんなこともあるだろうと思い、準備しておいた、「秘密兵器」を出しました。

初代ウォークマンの形の2代目、初代から数えれば、「マーク3」に相当する名機、メタルテープ対応ウォークマンです。

字数が足りません。
次回に続きます。
続きです。

あの「夏の~」に関しては、若い世代には珍しいくらいに、表現がかなり文学的で、散文詩的な要素がかなり濃い形であり、それが、「戦争の悲しみ」だけではなく、「大切な人を失った悲しみ」の、普遍的な表現になっていることが、直太朗さんの凄さではないかと、確信に近い感じに思えました。

当方も、二人の祖母と祖父、そして父を亡くしました。病気であり、年数も経過し、災害で亡くなった訳ではないので、亡くなったことへの気持ちが落ち着いているのは幸いと思っています。

もし、この文面をお読みの方で、そうした苦しい立場に遭われておられる際には、恐らく、その時は、必死で状況と闘っている事とお察しします。

私がお伝えしたいのは、「生き急がないで下さい、状況は必ず変わります。生きる努力を惜しまなければ、必ずお天道さんは見ていてくれる」事です。

これは、祖母の遺言でもあります。そして、落ち着いた頃、心にポッカリ穴が開いてしまう時に、この「夏の終わり」を聴いてみて下さい。きっと、貴方の涙が流れた時、それは、明日に続く掛け替えのないものになると信じます。

表現等に稚拙や失礼な部分等があれば、予めお詫び申し上げたいと思います。お話がかなり重いほうに行きまして、恐縮です。次回は、もう少し軽めに進めたいと思いますので、しばしのお待ちを。

ではまた。