自分が今いるのは、母ちゃん、ばあちゃん、ひいばあちゃんがいたからで、それらの話を聞いた時、ひいばあちゃんの情報がなかったのでその故郷を知りたいと思ったのが始まりだった。
自分の生まれてからは、離婚した父ちゃんが残した借金を母ちゃんが背負ったが、ばあちゃんが残してくれた家のおかげで生きる事が出来た。
父ちゃんは20年以上前から会っていなく、幼少期から暴力と理不尽な厳しさで敬語でしか話した事のないような親父だったけど、親父がいなければ今の自分はいないので、大人になってからは親父の存在も受け入れられる様になっているし、親父あっての自分だと存在には感謝もしている。
自分は親父が二十歳の時に出来た子供。
自分には二十歳で子供を作って育てる度胸は自分には無かった。
親父と母ちゃんとの関係はお互いの関係で、子供達との関係とはまた別だと思う。
それはそれで受け入れて感謝しないと。
それがあって今の自分達があるので。
で、父ちゃんの事は小さい頃から話しをした事がないので全く分からない。
母ちゃんは浅草の鳥越で生まれたらしい。
ばあちゃんは若い頃に中伊豆から上京し浅草に住み、舞台女優をやっていたらしい。
じいちゃんは、えのけん(榎本健一)さんの一番弟子で、ひょうきんな人だったらしい。
ばあちゃんは佐野家として生まれたが、訳あって松木家の養女として育った。
じいちゃんも岸本家として生まれたが、高塚家の養子として育ったらしい。
で結婚したが、母ちゃんが5歳の時に離婚。
その頃にはばあちゃんは舞台女優として成功し、自分の一座を持ち地方を回っていたらしい。
離婚後に高田馬場に家を買い拠点を移した。
今から65年前だ。
母ちゃんとおばさん(母ちゃんの妹)はそれからは高田馬場で育った。
ばあちゃんはかなりやり手だったらしく、仕事もバリバリ、私生活もバリバリでほとんど家にいなかったらしい。
母ちゃんとおばさんは、じいちゃんの母親に育てられたらしい。
じいちゃんとばあちゃんは別れたが、じいちゃんの母親とずっと一緒に生活していた。
複雑だ。
その後じいちゃんの母親は母ちゃんが高校生の頃に亡くなった。
母ちゃん達は実の母親よりも、別れた父親のお母さんとの時間が長かったそうだ。
ばあちゃんは舞台女優からテレビにはいかず、目白で木綿屋(生地屋)をやり始めた。
当時はあまり既製品が無く、反物が売れたらしい。
舞台、劇団の講師、木綿屋をやりながら目白にも家を買い、それが自分達が住んだ家となった。
母ちゃんとおばさんは若い頃、ばあちゃんが全然家にいなく寂しかったらしいが…
母ちゃんは27歳の時に7歳年下の親父と結婚。
親父が二十歳の時の子供が自分。
自分の2歳下に弟、さらに2歳下に妹がいる。
自分が2歳の時にじいちゃんが亡くなった。
ちなみにじいちゃんの写真も見たことない。
最近母ちゃんと話してて、写真くらい撮っておけば良かったと言っていた。
母ちゃんもじいちゃんとあんまり仲良くなかったのかもしれない…
そして、自分が8歳くらいの時に母ちゃんと親父が離婚。
10歳くらいでばあちゃんが亡くなった。
母ちゃんが37歳の時に妹(おばさん)以外の身寄りがいなくなった。
そこから女一人で子供3人を育てる生活。
ばあちゃんが残した家はあったが、家は親父が潰した会社の借金の担保。
借金も払いながらの生活。
一人で生活するのにいっぱいいっぱいの自分には考えられない状況だ。
大人になった今、頭が下がる思いしかない。
感謝しかない。
自分は自分がやりたい仕事をさせてもらっているが、今もその背中を押してくれる。
早く恩返ししなければと思う毎日。
そして、その母ちゃんを育てたばあちゃんはさらに苦労人だったらしい。
つづく。
