懐かしいな。
戸川純「諦念プシガンガ」
わたし高校の時、創作ダンスの曲が戸川純だった。
異様でしたよ。あの頃の我々は( 同級生も含めて )
考古学部をやりながら片手間にバンドでサックスも吹いていました。
いっぺんに幾つものことをやって丁度良いというか、その方がむしろ良かった。
土器の復元をしつつもバンドのミーティングをしたり。
左脳と右脳を同時に使う的な。
あ。今、マルクス・アウレリウスの『自省録』の一節を思い出したわ。
正気に戻って、自分を呼び戻せ。
眠りから目を覚まし、君を悩ませていたのは夢にすぎないと氣づいたら、
まどろむ前に見ていたように、
いま目の前にある現実をさめた目で見つめることだ。
今のわたしはすっかり正氣に戻って、
夢から覚めたように幾分かは冷めた目で現実を見つめている。
熱狂の時代を過ごせば過ごすほど、夢の残火のような仄温かい思い出は、
苦味だけを削ぎ落としてわたしの中にポツンと残っているけれど。
あの日、あの時、日常が嵐だった頃のわたしに言いたい。
「落ち着け。君を悩ませているものは夢に過ぎない」
思えば呪縛されていただけかもしれんが──
自分の激しさに。
内面のマグマのような血に。
でも、それを知っていたとしたらあんなにも熱狂しなかったとも思う。
人間て矛盾しているわ。
激しければ苦しみ、それが去れば寂しいと思う。
結局、我儘なのだ。わ・た・し、という人間は。